SHAPベース誤差補正アプローチによる改善された説明可能な電力価格予測モデル

SHAPに基づく電力価格予測モデルの改良とその説明可能性の分析

背景と研究動機

電力市場における価格予測モデルは近年注目を集めており、市場の価格変動が関係者の財務に与える影響を考える上で重要です。特に、ヨーロッパのエネルギー市場では、エネルギー危機や地政学的要因の影響で、ここ数年燃料価格が急騰し、それに伴い電力市場の価格変動性が著しく増加しています。予測誤差がわずか1%でも、発電会社や需要応答事業者、取引会社などに大きな財務的影響を与える可能性があります。例えば、使用電力量が1GWに達する企業において、予測誤差が1%減少するだけでも、年間約1,200万ドルのコスト削減が可能となります。そのため、市場参加者にとって電力価格予測(Electricity Price Forecasting, EPF)モデルの精度向上は極めて重要です。

機械学習(Machine Learning, ML)や深層学習(Deep Learning)を利用したEPFモデルは予測精度の向上に一定の成果を上げている一方で、これらの手法は透明性に欠けています。モデルのブラックボックス性は、特に価格が大きく変動する場合において、市場参加者が予測結果を信頼することを難しくしています。近年、説明可能な人工知能(Explainable AI, XAI)は、この問題を解決する手段として用いられています。しかしながら、多くの研究は、XAI手法をモデルの挙動や出力の説明に限定しており、モデル性能向上への潜在的な活用については十分に探求されていません。本研究は、SHAP(Shapley Additive Explanations)に基づく誤差補償方法を提案し、モデル性能の向上だけでなく、簡潔な説明を通じてAIの専門知識がないユーザーでも異常な予測を識別できる方法を提供することで、これらの研究ギャップを埋めています。

論文出典と著者情報

本論文のタイトルは「An Improved and Explainable Electricity Price Forecasting Model via SHAP-Based Error Compensation Approach」であり、2025年1月の《IEEE Transactions on Artificial Intelligence》(Vol. 6, No. 1)に掲載されました。この研究は、Pandit Deendayal Energy University、Tallinn University of Technology、Sami Shamoon College of Engineering、Technion Institute of Technologyといった学術・研究機関の複数の研究者によって共同で行われています。論文の責任著者はLeena Heistrene氏です。

研究過程と方法論

本論文では、SHAPに基づく2段階の誤差補償アプローチを提案しています。第1段階では基礎予測モデル(Base Predictor Model)の予測性能を向上させ、第2段階ではユーザーフレンドリーな説明を通じて通常予測と異常予測を区別することを目指しています。以下は、研究の詳細な作業フローです。

第1段階:誤差の定量化と補償

  1. 基礎予測モデルの選択とトレーニング
    基礎予測モデルは、LSTM、CNN、またはXGBoostなどの機械学習手法を用いて実装され、翌日の電力価格を予測します。本研究では、イタリアとERCOTの二つの電力市場の過去データを使用しており、モデルは入力特徴(過去の電力価格、物理的区域の価格、隣接市場の価格、補助サービスの価格やシステム負荷など)を用いて十分にトレーニングされました。

  2. SHAP解析の生成
    基礎予測モデルの予測結果をSHAP解析により分析し、各特徴がモデル出力に与える影響(SHAP値:φ)を定量化します。これらの説明は、単一の予測インスタンスに対して各特徴の寄与を反映し、ローカルに説明する利点があります。

  3. 誤差補正モデルの設計
    SHAP値を利用し、基礎モデルの予測誤差パターンを導出します。補正モデルはSHAP特徴(φsumおよびφxtrm)を入力とし、予測誤差を学習して推定された誤差補正値(εcomp)を生成します。この誤差補正値は基礎予測値に加算され、より精度の高い最終予測結果を生成します。

第2段階:異常予測の識別

補正モデルから生成されたSHAP値を活用し、「通常予測」(Regular Predictions)と「異常予測」(Extreme Predictions)を識別する新しい方法を提案しました。具体的には以下の通りです:

  1. 異常予測の定義
    著者らはzスコアに基づく基準(α値)を定義しており、トレーニングデータ分布範囲から逸脱する予測(|α| > 3)を異常予測と定義しています。

  2. SHAP値分布の分析
    通常予測と異常予測のSHAP解析を比較した結果、異常予測のSHAP値には顕著な変化がみられることから、これらの変化を基に異常予測を迅速に識別可能です。この特性は、通常予測の信頼性向上に寄与します。

データセットと実験設計

本研究は、特性(価格変動、市場構造、入力特徴セット)が異なる2つの実際の電力市場を対象として有効性を検証しました:

  1. イタリア電力市場
    イタリア市場のPun価格をターゲット変数として使用しました。実験データは2015年~2017年のトレーニングデータセットを用い、2018年の予測結果で補正モデルを訓練し、2019年~2021年のデータで性能が検証されました。

  2. ERCOT市場
    ERCOTの実験サンプルはヒューストンエリアの電力価格であり、2019年8月や2021年2月のような極端な市場条件下での価格変動を分析しました。

実験は、異なるモデル(CNN、LSTM、XGBoost)を使用して基準を比較し、提案手法の一般化能力を検証しました。

実験結果と分析

性能向上と信頼性の改善

基礎予測モデルと補正後モデルの性能を比較した結果、RMSE、MAE、およびMAPEが異なるシナリオ下で顕著に改善されていることが示されました。例えば、2021年のイタリア市場でのMAPEは、データ分布が一致している場合5.73%から3.23%に、データドリフトが発生する場合7.01%から5.74%に低下しました。

異常予測の説明可能性

イタリア市場での2021年の燃料価格高騰期間やERCOT市場の価格ピーク期間(2019年8月など)において、補正モデルのSHAP解析を使用して異常予測を成功裏に識別しました。これら異常予測のSHAP値(例:φxtrm値)は通常予測よりも大幅に高く、予測の特徴ランキングにも顕著な変化が見られました。

効率的でユーザーフレンドリーな説明

基礎モデルの複雑な特徴説明とは異なり、補正モデルの特徴は3つに限定されており、簡潔なSHAP説明は非技術ユーザーのニーズにも対応しています。例えば、発電業者や取引プラットフォームはSHAP値を基にして高リスク予測を迅速に特定し、入札戦略を最適化することで経済的リスクを低減できます。

研究貢献と意義

  1. 科学的意義
    本研究は、時間系列回帰問題におけるモデル性能向上のためにXAI技術を活用した初の研究であり、特にEPFの応用シナリオにおいて新しい方向性を提供しました。

  2. 実用性
    方法の汎用性、モデル非依存性、実際の電力市場における有効性により、この技術は価格異常監視、リスク評価、戦略最適化のツールとして利用可能となります。

  3. 革新性
    SHAP値に基づく誤差補償手法や異常予測識別の説明フレームワークは先駆的であり、今後の研究に向けたテンプレートを提供します。

今後の展望

本論文では、この手法をエネルギーおよび電力分野の他の予測タスク、例えば電力負荷予測や再生可能エネルギー発電量の予測にも展開する可能性に言及しています。また、オンライン適応アルゴリズムを通じて、モデルの動的適応能力を向上させる将来の展開を示唆しています。さらに、異常予測識別ツールは、自動化入札システムの最適化にも利用され、市場意思決定効率の向上に貢献する可能性があります。