老人ホーム居住者における組換え型と卵ベースの四価インフルエンザワクチンの比較:クラスターランダム化試験
介護施設居住者におけるリコンビナント4価インフルエンザワクチンと標準卵由来4価インフルエンザワクチンの比較:クラスターランダム化試験
学術的背景
インフルエンザは、高齢者、特に介護施設居住者において、発症や死亡率の主な原因となる呼吸器系病原体の1つです。インフルエンザワクチンは、インフルエンザ関連疾患および死亡を予防する最も重要な介入方法とされています。しかし、ワクチンの効果は季節やワクチンの種類によって異なります。近年では、リコンビナントインフルエンザワクチン(Recombinant Influenza Vaccine, RIV4)が、従来の卵由来ワクチン(Egg-Based Inactivated Influenza Vaccine, IIV4)よりも高い抗原量と強い免疫応答を持つことから注目されています。門診の高齢者においてRIV4の有効性が標準的な卵由来ワクチンよりも優れていることが示されていますが、介護施設居住者での効果については十分に検証されていません。
本研究では、介護施設居住者がRIV4またはIIV4を接種した場合の入院率を比較し、これら2つのワクチンが介護施設居住者においてどの程度効果的であるかを評価しました。主要な評価項目は呼吸器関連の入院率であり、二次的な評価項目として全原因による入院率と死亡率を検討しました。
論文の出典
この論文は、ケビン・W・マコネギー(Kevin W. McConeghy)らによって執筆され、ブラウン大学公衆衛生学部、退役軍人プロビデンス医療システム、ケースウェスタンリザーブ大学など複数の研究機関が協力しました。本論文は2025年1月2日に《JAMA Network Open》誌に掲載され、DOIは10.1001/jamanetworkopen.2024.52677です。
研究の設計と方法
研究設計と対象
本研究は、実用的クラスターランダム化試験であり、研究対象は、インフルエンザシーズンが始まる前の100日以上を米国の介護施設で生活している65歳以上の長期居住者です。研究は2019-2020年および2020-2021年の2つのインフルエンザシーズンにわたり実施され、介護施設は黒人居住者の割合と過去の入院率に基づいて層別化され、リコンビナントワクチン(RIV4)または標準卵由来ワクチン(IIV4)を1:1の比率でランダムに割り当てられました。メディケア請求データを使用して居住者レベルの入院結果を評価しました。
介入措置
介護施設には、居住者全員にRIV4またはIIV4を接種するようランダムに割り当てられました。ワクチンは研究チームから直接施設に配送され、施設は米国疾病予防管理センター(CDC)の推奨に従って接種を行いました。多くの施設では、9月末から10月初旬の1~2日間でワクチン接種を完了します。
データソースと統計解析
研究では、メディケア請求データ、介護施設の最低要件データセット(Minimum Data Set, MDS)、および入院記録を利用し、コホートの定義、特徴の記述、および研究結果の測定を行いました。主要評価項目は呼吸器関連の入院率、二次的な評価項目として全原因入院率および死亡率が含まれます。統計解析ではCox比例ハザード回帰モデルを用い、2つのグループ間のハザード比(HR)を推定し、サブグループ解析も行いました。
研究結果
研究対象
研究には総計144,565個の観察(平均年齢77.4歳、63.0%が女性)が含まれ、1,078の介護施設が参加しました。そのうち、72,005名がRIV4に、72,560名がIIV4に割り当てられました。85.6%の居住者がインフルエンザワクチンを接種し、両グループの基本特性は類似していました。
主要な結果
主要評価項目である呼吸器関連の入院率において、RIV4グループは1,387例(1.9%)、IIV4グループは1,424例(2.0%)の入院例があり、ハザード比は1.01(95% CI, 0.62-2.17)でした。肺炎およびインフルエンザ関連の入院率も両グループで類似しており、RIV4グループは0.8%、IIV4グループも0.8%(HR, 0.98; 95% CI, 0.41-2.47)でした。全原因による入院率および死亡率にも統計的に有意な差は見られませんでした。
サブグループ解析
サブグループ解析では、性別、人種、年齢、既存の疾患など異なる背景を持つ居住者において、両グループ間の入院率に有意な差は見られませんでした。一部のサブグループ(股関節骨折の既往や慢性腎疾患がある居住者)においてRIV4を支持する傾向が観察されましたが、これらの差は統計的有意性には達しませんでした。
考察と結論
考察
本研究では、RIV4が介護施設居住者の呼吸器関連入院率、全原因入院率、または死亡率をIIV4よりも効果的に低下させるという証拠は得られませんでした。この結果は、これまでの研究結果とは矛盾している場合がありますが、今回の対象者が高齢で免疫力が低下しており、毎年インフルエンザワクチンを接種している人々であるという特性が要因かもしれません。また、インフルエンザワクチンの効果がシーズンやウイルス株のマッチング度合いによって大きく影響を受けることも考えられます。さらに、COVID-19パンデミックの影響によるインフルエンザ活動の減少がワクチン有効性の評価に影響を及ぼした可能性があります。
結論
2019-2020および2020-2021インフルエンザシーズンにおける介護施設居住者を対象としたこのクラスターランダム化試験では、RIV4とIIV4の間で入院率および死亡率に有意な差を認めることはできませんでした。しかし、COVID-19パンデミックやワクチンのマッチング度の低さが研究結果の一般化を大きく制限しました。現在の証拠に基づけば、リコンビナントインフルエンザワクチンは合理的な第一選択肢と言えますが、本研究はこのワクチンが介護施設居住者において他のワクチンよりも優れていることを示すものではありません。
研究のポイント
- 対象者の特異性:高齢かつインフルエンザ感染リスクが高い介護施設居住者に焦点を当てました。
- 大規模ランダム化試験:2シーズンにわたり14万人以上が参加し、強力なエビデンスを提供しています。
- 現実的な研究デザイン:クラスターランダム化を採用し、実世界のワクチン接種状況を再現しています。
- COVID-19の影響:インフルエンザ活動の減少を含むパンデミックが研究結果に重要な影響を及ぼしています。
研究の意義
本研究は、介護施設居住者におけるインフルエンザワクチン選択に関する重要なエビデンスを提供しています。RIV4の優越性は示されませんでしたが、非劣性が確認され、第一選択肢の1つとして妥当であることを支持しています。また、本研究結果は、インフルエンザワクチンの効果評価におけるシーズンやウイルス株のマッチング度合いの重要性を強調しており、今後のワクチン研究や政策策定における貴重な指針を提供しています。