米国女性における遠隔期乳がん発症率の上昇傾向

米国女性における遠隔転移乳がん発症率の上昇に関する研究報告

学術的背景

乳がんは、米国女性において肺がんに次ぐ第2位のがん死因である。スクリーニングマンモグラフィーは乳がん死亡率を大幅に減少させることが証明されているが、米国では40歳以上の女性におけるスクリーニング率は依然として低く、2000年の70%から2015年には64%に低下し、2019年には67.5%にわずかに回復している。乳がんの早期発見は治療の成功率と生存率に密接に関連しており、診断時の腫瘍の病期(ステージ)は生存率に大きな影響を与える。局所浸潤性乳がんの5年生存率は99%であるが、遠隔転移(metastatic)乳がんの5年生存率はわずか31%である。

近年、特に2020年のCOVID-19パンデミック期間中、乳がんスクリーニングと診断プロセスが深刻な影響を受け、乳がんの診断率が低下した。診断の遅れは、診断時に疾患がより進行している状態につながる可能性があり、治療効果に影響を与える。したがって、特にCOVID-19パンデミック期間中の遠隔転移乳がん発症率の傾向を研究することは、公衆衛生上重要な意義を持つ。

論文の出典

本報告は、R. Edward Hendrick博士とDebra L. Monticciolo博士によって執筆され、それぞれコロラド大学医学部放射線科およびイメージング研究教育財団に所属している。この論文は2024年12月に『Radiology』誌に掲載され、タイトルは「Surveillance, Epidemiology, and End Results Data Show Increasing Rates of Distant-Stage Breast Cancer at Presentation in U.S. Women」である。

研究のプロセス

研究デザイン

本研究は、米国国立がん研究所(National Cancer Institute)のSurveillance, Epidemiology, and End Results (SEER) 22データベースを使用した後ろ向き研究である。このデータベースは、2004年から2021年までの米国22のがん登録機関のデータをカバーしており、米国人口の47.9%を占め、年間約7100万から8000万人の女性を対象としている。

データ処理

研究では、SEER 22データベースの2004年から2021年までの乳がん病期特異的発症率データを分析し、Joinpointソフトウェアを使用して米国女性全体、年齢層別、および人種・民族別の遠隔転移乳がん発症率の傾向を評価した。データは遅延調整と年齢調整を行い、結果の正確性を確保した。

統計手法

研究では、Joinpoint分析ソフトウェア(バージョン5.0.2または5.2.0)を使用してがん発症率の時間的傾向を評価した。Joinpoint分析は、傾向の変化点(joinpoints)を特定し、変化点間の年間変化率(Annual Percentage Change, APC)とその有意性を計算するために使用された。標準誤差は各年のデータを重み付けし、95%信頼区間(CI)を計算し、両側t検定を用いて傾向の有意性を評価した。

主な結果

全体的な傾向

2004年から2021年の間に、米国女性の遠隔転移乳がん発症率は有意に上昇し、APCは1.16%(95% CI: 0.92, 1.42; p < .001)であった。この傾向はすべての年齢層で見られ、特に20-39歳および75歳以上の女性で顕著であった。

年齢層別分析

  • 20-39歳の女性:遠隔転移乳がん発症率は研究期間全体で持続的に上昇し、APCは2.91%(95% CI: 2.43, 3.45; p < .001)であった。
  • 40-74歳の女性:2004-2010年に発症率が有意に上昇(APC, 2.10%; p = .002)、2010-2018年に変化なし、2018-2021年に再び有意に上昇(APC, 2.73%; p = .01)。
  • 75歳以上の女性:遠隔転移乳がん発症率は研究期間全体で有意に上昇し、APCは1.44%(95% CI: 1.01, 1.92; p < .001)であった。

人種・民族別分析

  • アジア系女性:遠隔転移乳がん発症率が有意に上昇し、APCは2.90%(95% CI: 2.38, 3.54; p < .001)であった。
  • 黒人女性:発症率が有意に上昇し、APCは0.86%(95% CI: 0.31, 1.46; p = .008)であった。
  • ヒスパニック系女性:発症率が有意に上昇し、APCは1.56%(95% CI: 1.12, 2.08; p < .001)であった。
  • アメリカ先住民女性:2004-2019年に発症率が有意に上昇(APC, 3.86%; p = .04)、2020年と2021年はCOVID-19パンデミックの影響で発症率が低下。
  • 白人女性:2004-2012年に発症率が有意に上昇(APC, 1.68%; p = .01)、2012-2021年に変化なし。

COVID-19の影響

2020年、すべての年齢層で遠隔転移乳がん発症率が低下し、特に75歳以上の女性で顕著であった。2021年には発症率が回復し、2020年に診断されなかった症例が存在した可能性を示唆している。

結論

本研究では、2004年から2021年の間に、米国女性の遠隔転移乳がん発症率が有意に上昇していることが明らかになった。特に20-39歳、40-74歳、および75歳以上の女性でその傾向が顕著であった。アジア系、黒人、ヒスパニック系、およびアメリカ先住民女性の発症率も有意に上昇した。COVID-19パンデミック期間中、乳がんスクリーニングと診断の中断は、高齢女性および少数派民族の女性に特に大きな影響を与えた。

研究の意義

本研究は、COVID-19パンデミック期間中のSEERデータを初めて含めており、遠隔転移乳がん発症率の長期的な上昇傾向を明らかにした。この発見は、特に若年女性および少数派民族の女性における早期スクリーニングと診断の重要性を強調している。研究結果は、乳がんスクリーニング戦略の改善と、すべての女性が質の高い医療サービスを受けられるようにする必要性を訴えている。

研究のハイライト

  • 重要な発見:遠隔転移乳がん発症率がすべての年齢層および複数の人種・民族グループで有意に上昇。
  • 方法の革新:Joinpointソフトウェアを使用した傾向分析を初めて実施し、COVID-19パンデミック期間中のデータを含めた。
  • 公衆衛生上の意義:研究結果は、特に若年女性および少数派民族の女性における乳がんスクリーニングと診断戦略の改善の緊急性を強調している。

その他の価値ある情報

研究では、黒人女性の遠隔転移乳がん発症率が白人女性よりも55%高いことが指摘されており、これが黒人女性の乳がん死亡率の高さの一因である可能性がある。また、COVID-19パンデミック期間中、高齢女性および少数派民族の女性の乳がん診断がより大きな影響を受けたことは、これらのグループが医療資源へのアクセスにおいて不平等に直面していることを示唆している。