末梢神経の偏光画像化:手術中の支援ツール

術中偏光イメージングを利用した末梢神経の識別支援:最前線の研究

末梢神経は人体の感覚と制御ネットワークにおいて極めて重要な役割を果たしており、その完全性と正常な機能は私たちの生活の質にとって不可欠です。しかしながら、手術中の偶発的な末梢神経損傷は少なくなく、これに起因する機能障害や痛み、不良な手術予後のリスクが存在します。解剖学的に複雑な部位(例: 手部、手首、首)では、末梢神経と他の組織が密接に分布しており、手術中に神経を他の組織と明確に区別することが難しいため、神経損傷のリスクが高まります。現在のところ、外科医は主に術前の画像診断技術(MRIや超音波など)および個人の臨床経験に頼り、術中の末梢神経損傷を回避しています。しかし、これらの手法は小さな神経の識別に限界があり、術前画像もまた静的なものであり、リアルタイムな術中の意思決定を支援することが困難です。したがって、直感的で、非侵襲的かつリアルタイムで神経識別を強化する方法を開発することは非常に意義深く、手術結果を大幅に改善し、神経損傷の発生率を低減できます。

この課題を解決する中で、University of Rochesterの研究チーム(Haolin Liao、David J. Mitten、Wayne H. Knoxを含む)は、革新的な術中末梢神経識別方法を提案しました。この研究成果は、2025年2月発行の《Biomedical Optics Express》誌(Vol. 16, No. 2)に掲載されました。研究では、回転交差偏光イメージング(Rotating Crossed Polarization Imaging, RXPI)システムに基づくリアルタイムデバイスが提示されており、この技術は偏光光と高度なロックインアンプ型データ処理を組み合わせることで、術中における自動的な神経識別を実現します。以下は、この研究の詳しい解説です。


研究プロセスと実験設計

1. 研究背景とサンプル選定:鶏もも肉モデル

研究チームは、新鮮な鶏もも肉の坐骨神経(sciatic nerve)を実験モデルとして選定しました。鶏もも肉モデルはその入手しやすさ、経済性、操作性の簡便さのため、外科手術の顕微操作トレーニングで広く使用されています。研究者は慎重な解剖プロセスを通じて、鶏もも肉の神経およびその周囲の動脈、静脈、筋肉、脂肪組織を露出させました。これにより、生体組織の違いを検証するための理論的基盤が提供されました。鶏の坐骨神経は、やや半透明の黄色い束として現れ、脂肪組織の肉眼上の色やその近接分布特性に類似しており、神経の識別強化研究に適した対象です。

2. 多波長交差偏光イメージング(Multispectral XPI)

研究者らは、多波長交差偏光イメージングシステム(XPI)を構築しました。このシステムは、直線偏光子(消光比: 1000:1)による交差線形偏光構成で構成されています。画像収集時の実験プロセスには以下が含まれます:

  • 交差偏光構成の設定:偏光状態発生器(PSG)と偏光状態解析器(PSA)が直交配置される。
  • 光源:白色LEDを使用するとともに、線形可変バンドパスフィルターを備え、最適な光波長を探索。
  • 画像取得と分析:異なる波長の画像を比較し、545 nm〜620 nmの波長域で神経組織が強い偏光依存性を示すことを発見。
  • データ標準化:最小-最大正規化により画像の明るさを処理し、異なる波長光源が結果に与える影響を最小限に抑える。

実験ではさらに、画像計算で得られた差分画像(異なる角度のXPI画像間のピクセル差分)を通じ、神経とその他の組織のコントラストを強調します。これは今後の回転交差偏光イメージングの基盤となります。

3. 回転交差偏光イメージングシステム(RXPI)

神経組織の全角度識別を達成するため、研究チームは駆動モーターで制御される回転交差偏光イメージングシステム(RXPI)を設計しました。このシステムは以下で構成されています:

  • 主要コンポーネント:直交配置された偏光子1対を含み、3Dプリントされたギア支柱に固定された回転プラットフォームに取り付けられる。
  • 回転特性:モーターは毎分160回転(160 rpm)の一定速度でシステムを回転させ、カメラは毎秒240フレーム(240 fps)で動画を記録し、異なる角度での神経組織の偏光信号変化を捕捉。
  • データ収集:異なる5種類の組織の回転信号強度を測定したところ、神経信号は顕著な正弦波周期変動を持ち、周期的変化幅は他の双屈折組織である静脈や動脈よりも高いことが判明しました。

データ処理:ロックイン増幅方式による神経識別の向上

ロックイン増幅の動作原理

ロックイン増幅(Lock-in Detection)は、周期信号を雑音から抽出するために一般的に用いられる技術です。神経組織の偏光信号は予測可能な周期変化を持つため、ロックイン増幅技術を使用して神経信号の検出効果がさらに強化されました。具体的な手順は以下の通りです:

  1. 参照信号の生成:RXPIシステムの回転速度とカメラのフレームレートに基づき、神経信号と同じ周波数の正弦波参照信号を生成。
  2. 信号混合とAC値出力の計算:参照信号と各ピクセルの強度信号を混合し、混合出力のDC(直流)オフセット値を計算することで、周期的変化強度を示すAC値を得る。
  3. ピクセルごとの処理:各ピクセルに対してロックイン増幅処理を行い、AC値マップ(AC Value Map)を作成。このマップにおいて高値の領域が神経組織に対応。

実験では、神経組織のAC値が他の組織より顕著に高いことが示され、この結果、ロックイン増幅方式の分類精度が確認されました。ROC曲線の結果によると、鶏モデルでのAC値分類器は93%のAUC(曲線下面積)を持つことが示されました。


主な成果と発見

  1. 神経のコントラスト強調:AC値マップを通じ、神経組織はグレースケール画像において顕著に強調されました。この結果は、RXPIシステムが神経組織の偏光特性に対して高感度であることを裏付けています。
  2. リアルタイムの神経自動マスキング:研究チームは総重量525gに過ぎない携帯型プロトタイプ装置を設計し、スマートフォンと組み合わせることでリアルタイムのデータ収集とロックイン増幅処理を実現しました。この装置は、AC値マップを毎秒1回更新し、信頼性の高い術中支援ツールとして利用できるとされています。
  3. 遺体実験による検証:新鮮な冷凍ヒト遺体の前腕モデルを用いた結果、RXPIシステムは人間の神経でも対照度を向上させ、短波長の460nmで最良の結果を得ました。このことは、システムが異なる生体組織に広く適用可能であることを示しています。

研究の意義と展望

本研究は、携帯性が高く、低コストで自動化された術中末梢神経イメージング手法を提示しており、その科学的価値と応用可能性は以下に反映されています:

  1. 科学的意義:回転交差偏光イメージングとロックイン増幅技術を組み合わせることで、この研究は神経組織の偏光特性を深く探求し、偏光光技術の生物医学分野での応用に新たな思路を提供しました。
  2. 応用展望:本システムは顕著な携帯性とリアルタイム性能を持ち、術中神経損傷の予防や外科医トレーニングに広く利用可能です。同時に、スマートデバイス(例: スマートグラスや手術ナビゲーションシステム)と統合することでさらなる応用が期待されます。
  3. 革新性と実用性:研究では専用設計されたRXPIシステムが導入され、革新的なデータ処理手法と組み合わせることで、自動化とリアルタイム性を実現した神経識別に成功しました。

今後の研究方向としては、ヒト生体神経に対する実験検証、装置とソフトウェアのさらなる最適化、深層学習アルゴリズムとの組み合わせによる効率的な組織識別と分類を検討していくことが挙げられます。また、リアルタイムで強調された神経画像を手術領域に投影する直接投影システムも開発され、外科医の操作効率をさらに向上させる可能性があります。


この研究は、生物医学光学分野の技術発展を推進するだけでなく、外科手術支援ツールの設計に新たな道を切り開くものであり、臨床応用の潜在力を大いに高めるものです。