人間ゲノムにおける広範な排他的陰陽ハプロタイプ

ヒトゲノムに広く存在するユニークな陰陽ハプロタイプ

研究背景

ゲノミクス研究において、陰陽ハプロタイプ(yin yang haplotypes)とは、各位置で異なる2種類のハプロタイプのペアを指します。これまでにユニークな陰陽ハプロタイプの存在が個別に報告されていましたが、系統的な探索は行われていませんでした。そのため、陰陽ハプロタイプのゲノム全体における分布と形成メカニズムをより良く理解するために、本研究ではゲノム全体にわたる詳細かつ系統的な探索を行いました。

研究ソース

本論文はDavid CurtisとWilliam Amosによって執筆され、それぞれUCL Genetics InstituteとDepartment of Zoology, University of Cambridgeに所属しています。本論文は2023年6月12日にEuropean Journal of Human Geneticsにオンライン掲載されました。

研究プロセス

サンプル取得と準備: - 1000 Genomes プロジェクトからダウンロードした2504の高カバレッジ全ゲノムデータを使用。 - データは26の集団をカバーし、5つの超集団に分類:アフリカ(afr)、アメリカ(amr)、東アジア(eas)、ヨーロッパ(eur)、南アジア(sas)。

データ処理: - マイナーアレル頻度(minor allele frequency, maf)>= 0.1のすべての二アレル性常染色体およびX染色体SNPsを抽出。 - 完全または準完全LD(連鎖不平衡)を持つSNPs群を識別するために、各変異対の平均遺伝子型距離を計算。

陰陽ハプロタイプの識別: - すべての変異チェーンを検索し、各変異対の平均遺伝子型距離が0.0015を超えず、各変異対が他の9つ以内の変異で区切られていることを確認。 - これらの変異チェーンをユニークな陰陽ハプロタイプとして定義し、各チェーンは少なくとも20個のそのような変異を含む必要がある。

フィルタリングと確認: - 重複配列および既知の代替配列やパッチをカバーする推定陰陽ハプロタイプを除外。 - 各SNPについて、RR、RA、またはAA遺伝子型を持つ個体数を取得。 - 高読み取り深度とアレルバランスの標準偏差を用いて、潜在的な重複配列を識別し除外。

後続分析: - すべての陰陽ハプロタイプの組換え率と背景変異を計算。 - チンパンジー、ネアンデルタール人、現代人の全ゲノム配列データを使用して、陰陽ハプロタイプ内の変異の祖先起源を評価。 - 遺伝子および遺伝子オントロジー分析を実行し、陰陽ハプロタイプと特定の表現型との関連を探索。

主な発見

陰陽ハプロタイプの分布と特徴

  • 研究では5114のユニークな陰陽ハプロタイプが発見され、各ハプロタイプは平均34.8個のSNPsを含み、平均15.7 kbにわたり、合計80 mbをカバーし、ヒトゲノムの約2.6%を占めていました。
  • 陰陽ハプロタイプ内の組換え率は平均0.061 cm/mbで、ゲノム平均の組換え率よりも有意に低かった。
  • 各超集団の一塩基多型(SNPs)の密度と異質性は、陰陽ハプロタイプ内と他のゲノム領域の間で大きな差はなかったが、陰陽ハプロタイプ内の異質性がわずかに高かった。

祖先起源と形成メカニズム

  • 陰陽ハプロタイプの変異は、チンパンジーとネアンデルタール人のゲノムでは大部分が部分的にのみ存在し、これらのハプロタイプが徐々に形成されたことを示唆し、単一の突然変異イベントによって生じたわけではないことを示している。
  • 一部のハプロタイプでは、チンパンジーとネアンデルタール人で完全に一致する祖先アレルが見つかり、これらのハプロタイプが現代人で形成された時点を示唆している。
  • 一部のハプロタイプは混合した祖先起源を示し、初期のハプロタイプ間の組換えイベントによる陰陽ハプロタイプの形成の証拠を提供している。

遺伝子と表現型の関連

  • 約42.5%の陰陽ハプロタイプが少なくとも1つの遺伝子と重複していたが、明確な遺伝子オントロジーの濃縮は見られなかった。
  • 研究では、陰陽ハプロタイプの主要SNPと多様な表現型との間の関連を調査したが、十分なサンプルサイズと対照群の変動性の欠如により、結論を導き出すのが困難だった。

研究の科学的価値と応用価値

本研究は、ユニークな陰陽ハプロタイプがゲノム全体で稀ではなく、ヒトゲノムのかなりの部分をカバーしていることを示しています。その形成メカニズムはまだ不明ですが、陰陽ハプロタイプの存在は、遺伝的変異とその集団内での伝播に関する既存のモデルに挑戦する可能性があります。さらに、これらのハプロタイプは連続したDNA配列で構成され、完全に継承されるため、遺伝的歴史における染色体領域の分布を研究する上で重要なマーカーとしての役割を果たす可能性があります。

研究のハイライト

  1. 広範な存在: 研究は、ヒトゲノムに広く存在するユニークな陰陽ハプロタイプを系統的に発見し、ゲノムの2.6%をカバーしています。
  2. 低組換え率: 陰陽ハプロタイプ内の組換え率はゲノム平均よりもはるかに低く、これらの領域で組換えイベントが抑制されていることを示しています。
  3. 祖先起源: チンパンジーとネアンデルタール人のゲノムデータを比較することで、ハプロタイプの段階的な形成メカニズムが明らかになりました。
  4. 表現型関連: いくつかの表現型関連が見つかりましたが、より明確な結論を導き出すためには、より多くのサンプルと対照群の変動性が必要です。

研究の潜在的な課題と今後の方向性

研究は陰陽ハプロタイプの存在と初期の特徴を明らかにしましたが、その形成メカニズムと機能的意義についてはさらなる研究が必要です。今後の研究は以下に焦点を当てることができます: - これらの領域の組換え率に影響を与える特定の分子メカニズムの同定。 - サンプルサイズと集団の多様性を拡大し、陰陽ハプロタイプと表現型および機能との関連をさらに検証する。 - より高解像度の全ゲノムシーケンシング技術を使用して、陰陽ハプロタイプの正確な構造と機能をさらに確認および探索する。

本論文はゲノミクス研究に新しい視点を提供し、将来の研究の基礎を築きました。