セロトニン作動性サイケデリックDOIが聴覚皮質における異常検出を損なう

DOIが聴覚皮質の異常検出を抑制する

学術的背景

幻覚剤(psychedelics)は、知覚、認知、および感情を著しく変化させる精神活性物質の一種です。近年、幻覚剤はうつ病、不安症、およびトラウマ関連疾患の治療において潜在的な応用価値を示しています。しかし、幻覚剤が視覚系に引き起こす知覚の歪みは広く研究されている一方で、聴覚系における神経メカニズムはまだ不明です。特に、幻覚剤が聴覚皮質の神経活動にどのように影響を与え、聴覚知覚の変化を引き起こすかは未解決の謎です。

本研究は、幻覚剤2,5-ジメトキシ-4-ヨードアンフェタミン(DOI)がマウスの聴覚皮質ニューロン活動に及ぼす影響を探ることを目的としています。DOIはセロトニン2A受容体(5-HT2A)作動薬であり、LSDやシロシビンなどの古典的な幻覚剤の作用を模倣します。DOIが聴覚皮質ニューロンの周波数チューニング、神経応答の変動性、および異常検出(deviance detection)に及ぼす影響を研究することで、研究者は幻覚剤がどのようにトップダウン(top-down)およびボトムアップ(bottom-up)の神経信号処理のバランスを変化させ、聴覚知覚の歪みを引き起こすかを明らかにしようとしています。

論文の出典

本論文は、Max HorrocksJennifer L. Mohn、およびSantiago Jaramilloによって共同執筆され、彼らはすべて米国オレゴン大学神経科学研究所(Institute of Neuroscience, University of Oregon)に所属しています。この研究は2024年12月27日に『Journal of Neurophysiology』に初めて掲載され、論文のタイトルは『The serotonergic psychedelic DOI impairs deviance detection in the auditory cortex』です。

研究のプロセスと結果

1. 実験設計と動物モデル

研究では、4匹の成体C57BL/6Jマウス(オス2匹、メス2匹)を使用し、ニューロピクセル(Neuropixels)プローブを用いて聴覚皮質ニューロンの電気活動を記録しました。実験は3つの段階に分けられました:生理食塩水注射前、生理食塩水注射後、およびDOI注射後。各段階で音刺激実験を行い、ニューロンが純音および周波数変調(FM)音にどのように反応するかを評価しました。

2. 音刺激と神経記録

実験では、3種類の音刺激セットを使用しました:純音、ナローバンドコード(chord)、および周波数変調音です。純音はニューロンの周波数チューニング特性を評価するために使用され、コードとFM音は異常検出現象を研究するために使用されました。異常検出とは、ニューロンが稀な音(oddball)に対して頻繁な音(standard)よりも強い反応を示す現象で、これは脳が予期された刺激と予期されない刺激を処理する能力を反映しています。

3. DOIがニューロン活動に及ぼす影響

研究では、DOIが聴覚皮質ニューロンの自発活動および音誘発反応を著しく減少させることが明らかになりました。具体的には、DOI注射後、ニューロンのベースライン発火率および音誘発発火率がともに有意に低下しました。さらに、DOIはニューロン応答の変動性を増加させ、Fano因子(Fano factor)の有意な増加として現れました。

4. 周波数チューニングと異常検出

DOIはニューロンの周波数チューニング特性に有意な影響を与えませんでしたが、oddball音とstandard音に対するニューロンの反応の違いを有意に減少させました。この違いの減少は、主にDOIがoddball音に対するニューロンの反応を弱めたためであり、DOIが聴覚皮質の予期しない事象に対する感度を低下させたことを示しています。

5. 異常検出のメカニズム

さらに詳しい分析により、DOIが異常検出を抑制するメカニズムは、予測誤差信号(prediction error signaling)の弱化に関与している可能性があることが示されました。予測誤差とは、脳が予期された入力と実際の入力の差を符号化するプロセスです。DOIはこのプロセスを妨害することで、ニューロンがoddball音に対する反応を弱め、異常検出能力を低下させたと考えられます。

結論と意義

本研究は、DOIが聴覚皮質ニューロンの自発活動および音誘発反応を減少させ、神経応答の変動性を増加させ、異常検出能力を弱めることを示しました。これらの発見は、幻覚剤がどのようにトップダウンおよびボトムアップの神経信号処理のバランスを変化させ、聴覚知覚の歪みを引き起こすかを明らかにしています。さらに、DOIが異常検出を抑制するメカニズムが予測誤差信号の弱化に関与している可能性があることも示唆されており、幻覚剤の神経メカニズムを理解するための新たな視点を提供しています。

研究のハイライト

  1. DOIが聴覚皮質の異常検出に及ぼす影響を初めて体系的に研究:本研究は、DOIが聴覚皮質ニューロンの異常検出能力に及ぼす影響を詳細に探った初めての研究であり、幻覚剤の聴覚系における作用メカニズムの研究空白を埋めるものです。
  2. 幻覚剤が予測誤差信号に及ぼす影響を明らかに:研究結果は、DOIが予測誤差信号を妨害することで、ニューロンが予期しない事象に対する反応を弱める可能性があることを示しており、幻覚剤の神経メカニズムを理解するための新たな視点を提供しています。
  3. 革新的な実験設計とデータ解析手法:研究では、ニューロピクセルプローブを使用して高密度の神経記録を行い、先進的な信号処理アルゴリズムを組み合わせることで、データの正確性と信頼性を確保しました。

その他の価値ある情報

研究データはZenodoプラットフォーム(DOI: 10.5281/zenodo.14285875)で公開されており、他の研究者によるさらなる分析と検証が可能です。また、本研究は米国国立衛生研究所(NIH)およびオレゴン大学研究革新オフィスの支援を受けています。

本研究を通じて、幻覚剤の作用メカニズムに対する理解が深まり、幻覚剤を基にした治療法の開発に向けた重要な理論的基盤が提供されました。