ICUにおける長期生活の質の議論:患者、家族、臨床医の経験と結果への影響—ランダム化比較試験
ICUにおける長期的な生活の質予測の議論が患者、家族および医療従事者に与える影響
学術的背景
集中治療室(ICU)の患者は退院後、身体的、精神的、認知的な問題に直面することが多く、これらは「集中治療後症候群」(Post-Intensive Care Syndrome, PICS)と呼ばれます。ICU生存率が向上している一方で、患者やその家族は長期的な健康への影響について十分な認識を持たず、将来の生活の質(Quality of Life, QoL)に対して過度に楽観的な期待を持つ傾向があります。このような非現実的な期待は、患者の回復心理に影響を与え、医療意思決定にも偏りを生む可能性があります。さらに、医療従事者は患者の長期的な予後を評価する際に困難に直面することも多く、生活の質は患者の身体機能だけでなく、主観的な要素によっても大きく左右されるためです。
患者と家族の長期的な生活の質に関する理解を深め、共同意思決定(Shared Decision-Making, SDM)を促進するために、研究者たちは予測モデルに基づく個別化されたQoL予測ツールを開発し、これをICUでの家族会議で使用しました。本研究では、この介入が患者、家族、そして医療従事者の体験や結果に与える影響を評価することを目的としています。
論文の出典
本論文はLucy L. Porter、Koen S. Simons、Johannes G. van der Hoeven、Mark van den Boogaard、Marieke Zegersによって共著されました。研究チームはオランダのRadboud大学医学センターとJeroen Bosch病院に所属しています。論文は2025年に『Intensive Care Medicine』誌に掲載され、DOIは10.1007/s00134-025-07812-5です。
研究プロセス
研究対象とデザイン
本研究はランダム化比較試験であり、オランダの2つの病院で行われました。研究対象は、少なくとも24時間ICUに入院した成人患者とその家族です。患者は介入群または通常ケア群にランダムに割り付けられました。介入群では、予測モデルに基づいた長期的なQoL予測を家族会議で議論し、通常ケア群は標準的なケアを受けました。主要アウトカムは、家族会議における患者と家族の共同意思決定体験であり、副次アウトカムにはICU医療従事者の協力満足度、患者と家族の不安・抑うつ症状、ならびに退院後3か月および1年後の患者の生活の質が含まれます。
介入措置
介入措置には以下の3つの部分が含まれています: 1. QoL予測モデル:Monitor-ICコホート研究データに基づいて開発された予測モデルを使用して、ICU入院から1年後の生活の質変化を予測します。 2. 家族会議での議論:ICU医師が家族会議で予測モデルの結果を使用し、患者や家族と将来の生活の質について議論します。 3. 情報ハンドブック:ICU後の回復に関する包括的な情報ハンドブックを患者や家族に提供します。
データ収集と分析
研究では、アンケート調査と電子健康記録を通じてデータを収集しました。患者と家族は家族会議後3日以内にCOLLABORATEアンケートを完了し、共同意思決定体験を評価しました。また、患者と家族はICU入院後3か月と1年後にそれぞれ、病院不安・抑うつスケール(HADS)およびEQ-5D-5L生活の質アンケートを完了しました。ICU医療従事者は研究前後に協力満足度および倫理的意思決定雰囲気に関するアンケートを完了しました。
研究結果
主要結果
本研究では合計160人の患者が登録され、うち81人が介入を受け、79人が通常ケアを受けました。結果として、介入群と通常ケア群の間で患者と家族の共同意思決定体験に有意差は見られませんでした(COLLABORATEスコアの中央値はそれぞれ89と93、p=0.6)。
副次結果
- 患者と家族の不安および抑うつ症状:ICU退院後1年、通常ケア群の家族において抑うつ症状が有意に増加しました(平均2.3ポイント増加、p=0.04)、一方で介入群の家族の抑うつ症状の変化は小さかったです(平均0.2ポイント増加)。
- ICU医療従事者の協力満足度:介入後、医療従事者の協力満足度が有意に向上しました(中央値が37から40に増加、p=0.01)、しかし倫理的意思決定の雰囲気には有意な変化はありませんでした。
結論
本研究は、ICUの家族会議で個別化された長期的な生活の質予測を議論しても、患者と家族の共同意思決定体験に有意な影響を与えないことを示しましたが、ICU退院後の家族の抑うつ症状を効果的に減少させ、医療従事者の協力満足度を向上させることがわかりました。この発見は、予測モデルをICU臨床実践に導入することを支持するものであり、同時にICU環境における情報伝達の重要性を強調しています。
研究のハイライト
- 革新性:本研究は初めて大規模データに基づいた個別化されたQoL予測モデルをICU臨床実践に適用し、ランダム化比較試験によりその効果を検証しました。
- 実用的価値:研究結果は、この介入措置が家族のメンタルヘルスを改善し、医療従事者の協力体験を向上させることを示しており、潜在的な臨床応用価値があります。
- 研究の限界:研究対象者のベースライン生活の質が高く、ICU入院期間が長かったため、研究結果の普遍性が制限される可能性があります。
その他の価値ある情報
今後の研究では、同様の予測モデルを他の医療環境で応用することや、構造化されたコミュニケーション研修が介入効果をさらに高めるかどうかを検討することが考えられます。また、定性的な研究方法を組み合わせて、患者と家族の体験を深く理解することで、介入措置の改善により多くの洞察を提供できるかもしれません。