細胞および組織レベルでの複雑な空間組織を検出する空間パターン分析手法

空間細胞組織解析ツールSPACE:複雑な生物組織における空間パターンの解明

学術的背景

生物組織の機能は、細胞、分子、および構造が3次元空間で互いに作用することによって生じます。これらの空間組織パターンを理解することは、病理学的および生理学的プロセスについて新しい洞察を提供します。しかし、既存の空間解析技術は主に単純なパターンしか検出できず、複雑な空間関係を捉えることは困難です。この課題に対処するために、研究者たちは「空間細胞組織解析ツール」(SPACE, Spatial Patterning Analysis of Cellular Ensembles)というオープンソースの解析ツールを開発しました。このツールは情報理論計算を用いて、生物組織内の複雑な空間パターンを包括的に検出し記述することを目指しています。

SPACEの開発背景には、既存の解析ツールの制限があります。多くの空間解析ツールは単一またはペアの生物要素しか検出できず、3つ以上の要素からなる複雑なパターンを処理することはできません。さらに、離散的な微環境(MEs, Microenvironments)の解析方法では、勾配や方向性などの連続的な特徴を捉えることができません。SPACEの提案はこの空白を埋め、任意の複雑さの空間パターンを検出し、それらのパターンを詳細に説明することができます。

論文の出典

本論文はEdward C. Schrom氏らにより執筆され、主要著者はアメリカ国立アレルギー・感染症研究所(National Institute of Allergy and Infectious Diseases, NIAID)および他の関連機関からのものです。論文は2025年2月4日に『アメリカ国家科学院紀要』(PNAS, Proceedings of the National Academy of Sciences)に掲載されました。研究はアメリカ国立衛生研究所(NIH)などの機関の支援を受けました。

研究方法とフローチャート

1. データ入力と前処理

SPACEは、分子表現イメージ、分割された細胞イメージ、ピクセルレベルの構造データ、および細胞中心座標テーブルなど、さまざまなデータ入力形式をサポートしています。これらのデータは二次元(2D)または三次元(3D)であることができます。SPACEは異なるデータレイヤー上で円形または球形の近傍(neighborhood)を描画し、各近傍内の生物要素情報を収集して統計表(census)を作成します。組織の幾何形状や組成の豊かさの影響を制御するために、SPACEはランダムな統計表を生成して対照としても使用します。

2. 空間パターンの検出と量化

SPACEは情報理論の相互情報(Mutual Information)を使用して、空間パターンがランダムからどれだけ逸脱しているかを量化します。単一サンプルに対しては、「シス相互情報」(cismi, cis Mutual Information)を計算し、サンプル内部の空間パターンとランダム分布の違いを測定します。複数のサンプルに対しては、「トランス相互情報」(transmi, trans Mutual Information)を計算し、異なるサンプル群間の空間パターンの違いを比較します。すべての可能な生物要素の組み合わせを探索することで、SPACEは最も有意な空間パターンを識別し、順位付けします。

3. パターンの特性説明

SPACEは、自己組織化マッピング(Self-Organizing Map)技術を用いて多変量空間で最も密度の高い近傍構成曲線を見つけ、それを低次元空間に投影し、共変動プロット(covariation plot)を生成します。これらのプロットは、勾配、方向性、コンテキスト依存の関係などの生物要素の連続的な変化特性を示します。さらに、研究者は微環境を手動で分割し、これらの領域の一意な空間パターンをさらに分析することができます。

4. データの検証と結果分析

SPACEは、マウスリンパ節、マウス腫瘍、ヒト腸癌空間転写体データ、およびヒト結核肉芽腫データなど、複数のデータセットで検証されました。これらのデータの分析を通じて、SPACEは既知の空間パターンだけでなく、新しい複雑なパターンも発見しました。例えば、マウスリンパ節ではCD4とCD8 T細胞の副皮質領域での対向グラデーションが明らかになり、ヒト腸癌ではIG4とSFRP2遺伝子の複雑な共現パターンが発見されました。また、結核肉芽腫ではCD68マクロファージと免疫調節分子の関連パターンが識別されました。

主要な研究結果

  1. マウスリンパ節の解析:SPACEは、生発中心(GC, Germinal Center)の暗部(DZ, Dark Zone)と明部(LZ, Light Zone)のB細胞分布を成功裏に識別し、CD4とCD8 T細胞の副皮質領域での対向グラデーションを明らかにしました。これらのパターンは、リンパ節内での免疫細胞の複雑な空間組織を示しています。
  2. 3Dマウス腫瘍の解析:SPACEはCD4 T細胞、CD8 T細胞、および血管の空間分布を解析し、CD4 T細胞が血管に近づく傾向があることを発見しました。この発見は、腫瘍成長と免疫調整に関する文献と一致しています。
  3. ヒト腸癌空間転写体解析:SPACEはMGAM2、GPX2、PPP1R1Bを含む複数の転写産物の共現パターンを識別しました。さらに、IG4とSFRP2転写産物の複雑な関係が発見され、これはがんの免疫反応に関連しています。
  4. ヒト結核肉芽腫解析:SPACEは、異なる臨床状態下での結核肉芽腫を解析し、CD68マクロファージの集積パターンが疾患の重症度と関連していること、および免疫調節分子表現の局所的な変化を明らかにしました。

研究の結論

SPACEは、任意の複雑さを持つ生物組織の空間パターンを検出できる汎用的な空間解析ツールです。これは、様々なデータフォーマットと実験手法をサポートし、異なるサンプル群間の空間パターンの違いを直接比較することもできます。SPACEを用いることで、研究者は高次元の空間データから重要な生物組織パターンを抽出し、免疫学、がん研究、感染症研究に新たな洞察を提供することができます。

研究のハイライト

  1. 全面性:SPACEは、任意の数の生物要素間の複雑な空間パターンを検出し説明することができ、既存の解析ツールの空白を埋めています。
  2. 汎用性:SPACEは、さまざまなデータフォーマットと実験手法をサポートし、2Dおよび3Dデータを扱うことができ、複数のデータ源を統合することができます。
  3. 革新性:SPACEは情報理論と自己組織化マッピング技術を活用し、複雑な空間パターンのシステム的な検出と詳細な説明を初めて実現しました。
  4. 適用価値:SPACEは免疫学、がん研究、感染症研究に強力な解析ツールを提供し、生物組織内の新規メカニズムや潜在的な治療ターゲットの発見に貢献します。

その他の有用な情報

本研究の全データと解析コードは公開されており、他の研究者が使用および修正することができます。さらに、研究チームは使い方の詳細なチュートリアルとサンプルデータを提供しており、ユーザーがSPACEの使用方法を迅速に習得できるようにしています。

SPACEを用いることで、研究者は複雑な生物組織データから重要な生物組織パターンを抽出し、生物組織の機能と病理プロセスの理解に新たな道具と方法を提供します。