肝細胞癌における肝動脈注入化学療法に基づく転換肝切除術の反応者と非反応者の比較:多施設コホート研究

肝動脈注入化学療法(HAIC)に基づく転換肝切除術の肝細胞癌患者への応用

学術的背景

肝細胞癌(Hepatocellular Carcinoma, HCC)は、世界的に見ても最も一般的な肝臓悪性腫瘍の一つであり、特に中国ではその発症率と死亡率が高い。治療戦略が進化しているにもかかわらず、根治的手術は依然としてHCC患者の主要な治療手段である。しかし、初回診断時に腫瘍関連要因(血管浸潤、多発病変、または残存肝容積不足など)により、70%以上のHCC患者が根治的手術に適さない状態であり、予後が悪化する。近年、転換療法(conversion therapy)が、切除不能な腫瘍を切除可能にする方法として提案され、腫瘍体積の縮小またはダウンステージング(downstaging)により患者が手術切除の機会を得て、生存期間を延長することが期待されている。

肝動脈注入化学療法(Hepatic Arterial Infusion Chemotherapy, HAIC)は、切除不能なHCC患者において良好な治療効果を示し、重要な転換治療手段と見なされている。しかし、HAICに基づく転換手術の最適なタイミングについては、まだ明確な情報が不足している。本研究は、HCC患者におけるHAICに基づく転換手術の最適なタイミングを探り、その有効性と安全性を評価することを目的としている。

論文の出典

本論文は、Min DengChong ZhongDong Liら複数の著者によって共同執筆され、著者らはSun Yat-sen UniversityGuangzhou University of Chinese MedicineGuangdong Provincial People’s Hospitalなど複数の機関に所属している。論文は2024年8月14日にInternational Journal of Surgery誌にオンライン掲載され、DOIは10.1097/js9.0000000000002043である。

研究のプロセスと結果

研究デザイン

本研究は、多施設共同の後ろ向きコホート研究であり、2016年1月から2022年12月までの間に4つの医療機関でHAICに基づく転換肝切除術を受けた424名のHCC患者を対象とした。腫瘍のHAICに対する反応に基づき、患者は応答群(CR/PR、n=312)と無応答群(SD/PD、n=112)に分けられた。研究の主要エンドポイントは全生存期間(OS)と無再発生存期間(RFS)であり、副次エンドポイントは腫瘍反応率、肝門血流遮断時間、術中出血量、および術後合併症であった。

研究のプロセス

  1. 患者のスクリーニングとグループ分け:すべての患者はHAIC治療を受け、改良された実体腫瘍効果評価基準(mRECIST)に基づいて腫瘍反応を評価した。応答群は完全奏効(CR)または部分奏効(PR)を達成した患者であり、無応答群は疾患安定(SD)または疾患進行(PD)を達成した患者であった。
  2. HAIC治療プロトコル:HAICは改良FOLFOXレジメン(オキサリプラチン、フルオロウラシル、およびロイコボリン)を用いて実施され、3週間を1サイクルとし、最大6サイクルまで行われた。
  3. 手術のタイミングと手技:手術は最終HAIC治療後4-8週間以内に行われ、経験豊富な肝臓外科医によって実施された。術中に超音波を用いて腫瘍の大きさ、数、位置を確認し、切除断端陰性(R0切除)を確保した。
  4. フォローアップとデータ分析:患者は術後2ヶ月ごとにフォローアップされ、肝機能、腫瘍マーカー、および画像検査が行われた。OSとRFSはKaplan-Meier法を用いて分析され、Cox回帰モデルを用いて予後因子を評価した。

主な結果

  1. 生存分析:応答群の中位OSは未達であり、無応答群の中位OSは53.2ヶ月であった(HR=2.581、p<0.001)。応答群の1年、3年、5年OS率はそれぞれ97.6%、82.3%、74.2%であり、無応答群の93.3%、62.5%、46.5%を有意に上回った。応答群の中位RFSは17.7ヶ月であり、無応答群の9.7ヶ月よりも有意に長かった(HR=1.565、p=0.001)。
  2. HAICサイクルと生存:1-2サイクルおよび4-6サイクルのHAIC後にCR/PRを達成した患者では、OSとRFSに有意差はなかった。しかし、4-6サイクルのHAIC後にCR/PRを達成した患者のOSとRFSは、無応答群よりも有意に優れていた。
  3. Barcelona Clinic Liver Cancer (BCLC)ステージと生存:BCLC C期の患者では、応答群のOSとRFSが無応答群よりも有意に優れていた(中位OS未達 vs. 39.6ヶ月、p<0.001;中位RFS 12.9ヶ月 vs. 5.8ヶ月、p=0.016)。
  4. 手術関連指標:応答群の肝門血流遮断時間は短く(23分 vs. 26分、p=0.041)、術中出血量も少なかった(300ml vs. 300ml、p=0.046)。両群間で手術時間や術後合併症に有意差はなかった。
  5. 予後因子分析:多変量解析により、腫瘍反応、分化度、術後AFPレベル、術後PIVKA-IIレベル、年齢、微小血管浸潤(MVI)、HAIC前の中性球-リンパ球比(NLR)、および術前全身炎症反応指数(SIRI)がOSとRFSに影響を与える独立した危険因子であることが示された。

結論と意義

本研究は、HAICに基づく転換治療がCR/PRを達成したHCC患者において、OSとRFSを有意に延長し、手術関連合併症が少ないことを示した。したがって、HAIC治療後にCRまたはPRを達成した患者に対しては、転換手術を検討すべきである。この発見は、HAICに基づく転換肝切除術の意思決定において、臨床医と患者にとって重要な指針を提供する。

研究のハイライト

  1. 生存の優位性:応答群のOSとRFSは無応答群よりも有意に優れており、特にBCLC C期の患者で顕著であった。
  2. 手術の安全性:応答群の肝門血流遮断時間が短く、術中出血量が少ないため、手術の安全性が高い。
  3. 予後因子:HCC患者の長期生存に影響を与える複数の独立した危険因子が明らかになり、個別化治療の基盤を提供した。
  4. 臨床的指導価値:HAICに基づく転換手術の最適なタイミングに関する重要なエビデンスを提供し、HCC患者の治療戦略の最適化に役立つ。

その他の価値ある情報

本研究は、HAICと他の抗癌治療(チロシンキナーゼ阻害剤や免疫チェックポイント阻害剤など)の併用についても検討し、HAIC併用療法が転換手術の成功率と患者の生存率をさらに向上させる可能性を示唆している。さらに、術後のAFPおよびPIVKA-IIレベルが腫瘍再発を予測する上で重要であることを強調し、術後補助療法の選択に参考となる情報を提供した。

本研究は、HCC患者の転換治療に関する重要な臨床的エビデンスを提供し、高い科学的および応用的価値を持つ。