多重機能データを用いて、代表性の低い集団におけるバリアント分類の不平等を軽減する
背景
遺伝子組成の偏りに基づく不平等は、特に非ヨーロッパ系の個人において顕著であり、これが原因で多くの診断が不確定または誤診となっています。この問題は、ゲノミクス研究と臨床遺伝子解析がヨーロッパ系個人を主体としてきたことに起因し、多様な背景を持つ個人における遺伝子変異と疾患リスクとの関連データが欠如していることで悪化しています。具体的には、「不確定意義の変異(Variants of Uncertain Significance: VUS)」と分類される遺伝子変異が、非ヨーロッパ系個人でより多く見られる一方、ヨーロッパ系個人では「病原性または潜在的病原性変異(Pathogenic or Likely Pathogenic: P/LP)」に分類される傾向が高いことが示されています。
本研究では、多重変異効果解析(Multiplexed Assays of Variant Effects: MAVE)を導入し、特に非ヨーロッパ系個人における VUS の分類格差を是正する可能性を探りました。MAVE は、特定の遺伝子におけるすべての可能な一塩基置換(SNV)や挿入/欠失変異(Indel)をシステマティックに評価可能な技術であり、これを活用して得られる飽和的データは VUS 再分類に有用と考えられます。
出典情報
この研究は、Moez Dawood 氏らによって執筆され、Genome Medicine 誌(2024年、16巻143号)に掲載されました。本論文は複数の研究機関(Baylor College of Medicine、University of Washington、St Vincent’s Institute of Medical Research など)による共同研究の成果です。公開されており、コンテンツは Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International License に基づいて提供されています。
研究プロセス
1. データおよびサンプル
本研究では、420,638名のデータを使用しました。その内訳は以下の通りです: - All of Us コホート:245,394名 - gnomAD(Genome Aggregation Database): - v2.1.1:123,709名 - v3.1.2(non-v2サンプル):51,535名
このデータセットを利用して、ヨーロッパ系(213,663名)および非ヨーロッパ系(206,975名)の二群に分け、それぞれにおける遺伝子変異の分布と分類を比較しました。
2. 統計解析
研究では、以下の2つの方法でデータを解析しました: - Wilcoxon符号付順位検定:遺伝子ごとに等位遺伝子の頻度差を比較。 - カイ二乗独立性検定:各集団のみに見られる「ユニーク変異」のカウントに基づく。
3. MAVE データの適用
非ヨーロッパ系個人における VUS を再分類するため、BRCA1・TP53・PTEN の3遺伝子に関する MAVE データを ClinGen の変異分類専門家パネルルールに統合しました。このプロセスを自動化することで、VUS の再分類を効率化しました。
4. 証拠コード分析
再分類に使用された各証拠コードの影響を評価し、特にヨーロッパ系と非ヨーロッパ系においてこれらのコードがもたらす影響の平等性を検証しました。
主な結果
1. 非ヨーロッパ系における VUS 発生率の高さ
非ヨーロッパ系個人では、すべての医療分野において VUS の発生率が有意に高いことが示されました(p ≤ 5.95e-06)。一方で、ヨーロッパ系個人では P/LP 変異率が高くなっています(p ≤ 2.5e-05)。
2. MAVE データの統合で分類格差を縮小
MAVE データを適用した再分類により、非ヨーロッパ系個人の VUS を有意に高い割合で再分類できました(p = 9.1e-03)。これにより、両群間の VUS 分布の差はほとんど解消されました。
3. コンピュータ予測および等位遺伝子頻度コードの不平等性
MAVE コードは両群間で均等に利用されましたが、コンピュータ予測および等位遺伝子頻度コードは非ヨーロッパ系個人に対して不平等な影響を持つことが判明しました。これが、結果的に VUS 分類格差を拡大する一因となっています。
考察・意義
分類格差のメカニズム
VUS の格差は、非ヨーロッパ系個人に特有の遺伝的多様性と、これを適切に解釈するためのデータ欠如が原因です。ヨーロッパ系個人のデータに基づいて構築された既存の臨床変異データベースは、非ヨーロッパ系の遺伝的多様性には十分対応できていません。
MAVEの重要性
MAVEは、単一遺伝子における飽和的な変異データを提供し、VUS 分類の格差を減少させるだけでなく、次世代の計算予測ツールへの公平なトレーニングデータ提供にも貢献します。
実臨床への影響
医師や遺伝カウンセラーは、遺伝子検査を非ヨーロッパ系個人に使用する際に、VUS の事前確率が高いことを認識し、それが診断・治療に与える影響に注意を払うべきです。
結論
MAVE を活用したデータ生成は、医療の公平性を追求する上で極めて重要です。本研究によって、非ヨーロッパ系個人の遺伝的特徴に基づく診断の公正性向上への道が示されました。MAVE は既存のゲノム研究の限界を補完し、世界中の多様な人々に対して公平で包括的なヘルスケアを提供するための基盤となります。