簡易通信:睡眠と麻酔中の脳のクリアランスは低下する

睡眠と麻酔状態における脳の排出メカニズムの抑制

背景

代謝産物や有毒物質を脳から排出することは、神経系の健康を維持する上で重要なプロセスです。しかし、その具体的なメカニズムについては議論が分かれています。広く議論されている見解の1つは、睡眠状態では、いわゆる”グリンファティックシステム”(glymphatic system)が機能し、脳の排出プロセスが促進されるというものです。一部の研究者は、長期的な睡眠不足がグリンファティックシステムの機能障害を引き起こし、アルツハイマー病などの神経変性疾患を悪化させる可能性があると提案しています。また、一定量の麻酔薬も脳の排出機能を高めると考えられています。しかし、この理論には疑問視する意見もあります。

論文発表

本研究はイギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンのニコラス・P・フランクス教授とウィリアム・ウィスデン教授が率いたものであり、2024年に『ネイチャー・ニューロサイエンス』(Nature Neuroscience)誌に発表されました。

研究手順

1) 研究チームは最初、マウスの脳内に蛍光分子を注入し、前頭葉皮質に光ファイバーを植え込んで蛍光分子の拡散運動を測定しました。光フォトブリーチング実験により、脳組織内の蛍光分子の拡散係数を決定しました。

2) 彼らは、マウスが覚醒状態、睡眠状態、または麻酔状態のいずれであっても、蛍光分子の拡散運動に有意な差がないことを発見しました。つまり、拡散運動は覚醒状態に関係していないことがわかりました。

3) さらに研究チームは、脳内の蛍光分子の排出率を測定しました。小分子蛍光色素を注入し、皮質領域における濃度の時間変化を測定しました。

4) 実験の結果、覚醒状態では脳の排出率は約70-80%でした。一方、睡眠や麻酔状態では排出率が顕著に低下することがわかりました。これは、従来の睡眠や麻酔が脳の排出を促進するという見方に反するものです。

5) 組織学的実験を行うことで、研究チームはこれらの発見をさらに確認しました。

主な結論

本研究は、睡眠や麻酔が代謝産物や毒素の脳からの排出を促進するという従来の一般的な見方を否定しています。むしろ、睡眠や麻酔状態は実際には脳の排出機能を抑制することが明らかになりました。この発見は、睡眠の役割のメカニズムや神経変性疾患の発症機序を理解する上で重要な意味を持ちます。

研究の意義

1) 本研究は、睡眠と麻酔が脳の排出機能に与える影響を直接測定し、従来の見方とは逆の結果を得ました。これは睡眠の生理的機能を明らかにする上で重要な価値があります。

2) 睡眠不足による脳の排出機能障害がアルツハイマー病などの神経変性疾患の一因であるという長年の見方を否定しています。これにより、これらの疾患の発症機序を再検討する必要があります。

3) 本研究は、脳内の分子の排出率を直接測定する新しい手法を提案しており、脳の排出メカニズムを探る上で有力なツールとなります。

4) 研究結果は、脳の排出機能を高めるには単に睡眠を促進するだけでなく、他の方法を講じる必要があることを意味しています。これにより、関連する疾患の予防と治療に新たな視点が提供されます。