がん患者における術中術後の循環DNAレベルと好中球細胞外トラップ形成の関連
学術的背景
循環DNA(circulating DNA, cirdna)は近年、腫瘍診断において広く注目されており、特にがんの液体生検(liquid biopsy)において大きな可能性を示しています。cirdnaは腫瘍の遺伝子変異を検出するだけでなく、治療モニタリング、がん再発モニタリング、およびがんスクリーニングにおいても重要な役割を果たすことができます。しかし、cirdnaが周術期(perioperative period)における動態変化とその起源に関する研究はまだ少ないです。手術は一般的ながん治療手段として、組織損傷、炎症反応、および免疫細胞の活性化を伴い、cirdnaの放出を増加させる可能性があります。さらに、好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps, nets)は免疫系の重要な構成要素として、術後炎症反応において役割を果たし、cirdnaの放出と密接に関連している可能性があります。
本研究は、がん患者の周術期におけるcirdnaとnetsの動態変化、特にcirdnaの放出がnetsの形成と関連しているかどうかを探ることを目的としています。cirdnaとnetsマーカーの血漿レベルを分析することで、研究チームは術後のcirdna放出のメカニズムを明らかにし、がん患者の術後管理に新しいバイオマーカーを提供することを目指しています。
論文の出典
本論文はAndrei Kudriavtsev、Brice Pastor、Alexia Mirandolaらによって共同執筆され、研究チームはフランスのモンペリエがん研究所(Institut de Recherche en Cancérologie de Montpellier)、モンペリエ大学(Université de Montpellier)、およびニーム大学病院(Centre Hospitalo-Universitaire de Nîmes)などの機関から構成されています。論文は2024年3月27日にPrecision Clinical Medicine誌に掲載され、DOIは10.1093/pcmedi/pbae008です。
研究のプロセス
研究対象とサンプル収集
研究には29名の大腸がん、前立腺がん、および乳がん患者、および114名の健康な個人(healthy individuals, hi)が対照群として含まれました。患者は手術前24時間から術後72時間の間に複数回の血液採取を行い、合計9つの時点で血漿サンプルを採取しました。すべての血漿サンプルは採取後すぐに遠心分離され、-80°Cで保存され、後続の分析に備えました。
循環DNAの抽出と定量
cirdna(核DNAとミトコンドリアDNAを含む)は血漿から抽出され、Maxwell RSC ccfDNA Plasma Kitを使用して自動化抽出を行いました。抽出されたcirdnaはリアルタイム定量PCR(qPCR)を用いて定量分析されました。核DNA(cir-ndna)とミトコンドリアDNA(cir-mtdna)はそれぞれKRAS遺伝子とミトコンドリアシトクロムオキシダーゼII遺伝子(mt-co3)の特定の断片を増幅して定量しました。
好中球細胞外トラップマーカーの検出
研究では、netsの2つのタンパク質マーカーであるミエロペルオキシダーゼ(myeloperoxidase, mpo)と好中球エラスターゼ(neutrophil elastase, ne)を検出しました。これらのマーカーは酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)を用いて定量分析されました。
データ分析
Spearman相関分析を用いてcirdnaとnetsマーカーの関連性を評価しました。Mann-Whitney U検定はがん患者と健康な個人との間の差異を比較するために使用されました。
主な結果
周術期におけるcirdnaの動態変化
研究結果によると、術後のcirdnaレベルは有意に上昇し、特に手術終了時にピークに達しました。大腸がんと前立腺がん患者では、術後72時間以内にcirdnaレベルが持続的に上昇しましたが、乳がん患者のcirdnaレベルは比較的安定していました。健康な個人と比較して、がん患者の術前および術後のcirdnaレベルは有意に高くなりました。
netsマーカーとcirdnaの関連性
netsマーカー(mpoとne)も術後に有意に上昇し、cirdnaレベルと正の相関を示しました。特に大腸がん患者では、術後のcirdnaレベルとneおよびmpoの関連性が最も強くなりました。一方、前立腺がんと乳がん患者では、cirdnaとnetsマーカーの関連性は弱くなりました。
ミトコンドリアDNAの動態変化
ミトコンドリアDNA(cir-mtdna)も術後に増加しましたが、その動態変化はcirdnaとは異なりました。前立腺がん患者では、術後24時間以内にcir-mtdnaレベルが有意に上昇しましたが、大腸がんと乳がん患者のcir-mtdnaレベルは比較的安定していました。さらに、cir-mtdnaとnetsマーカーの関連性は弱く、その放出メカニズムはcirdnaとは異なることが示唆されました。
断片化分析
浅層全ゲノムシーケンス(shallow whole genome sequencing, swgs)を用いた研究では、術後のcirdnaの断片化が増加していることが明らかになりました。特に大腸がん患者では、術後のcirdnaの放出がnetsの分解に関連している可能性が示されました。
結論
本研究は、がん患者の周術期におけるcirdnaとnetsの動態変化を初めて明らかにし、術後のcirdna放出においてnetsが重要な役割を果たしていることを確認しました。研究結果によると、術後のcirdnaの増加は主にnetsの分解に由来し、特に大腸がん患者においてその傾向が顕著でした。この発見は、術後のcirdnaの起源について新しい説明を提供し、がん患者の術後管理に潜在的なバイオマーカーを提供するものです。
研究のハイライト
- 初の周術期cirdna動態研究:本研究は周術期におけるcirdnaとnetsの体系的追跡を初めて行ったもので、この分野の研究空白を埋めるものです。
- netsとcirdnaの関連性:研究は術後のcirdna放出においてnetsが重要な役割を果たしていることを確認し、cirdnaの起源について新しい説明を提供しました。
- がんタイプの差異:研究では、異なるがんタイプが周術期におけるcirdnaとnetsの動態変化において有意な差異を示すことが明らかになり、個別化された術後管理の基盤を提供しました。
研究の価値
本研究は術後のcirdnaの起源について新しい説明を提供するだけでなく、がん患者の術後管理に潜在的なバイオマーカーを提供します。cirdnaとnetsの動態変化をモニタリングすることで、臨床医は患者の術後炎症反応と再発リスクをよりよく評価し、より効果的な治療計画を立てることができます。さらに、本研究は今後の周術期研究において重要な参考データを提供します。