手術室を混合現実環境に変える: 脳動脈瘤クリッピングのための前向き臨床調査

混合現実手術室

手術室を混合現実環境に変える:脳動脈瘤クリッピング手術のための前向き臨床研究

脳動脈瘤の外科的治療は、神経外科の中でも非常に複雑で繊細な過程である。手術成績を改善するため、研究者は新しい技術やアプローチを絶えず探求している。近年、Mixed Reality(MR)技術の進歩により、手術室(Operating Room, OR)に新たなブレークスルーがもたらされた。特に、ヘッドマウンテッドディスプレイ(Head-Mounted Display, HMD)の使用により、外科医は患者の実際の解剖構造に仮想の三次元(3D)画像を重ね合わせることができ、空間認識とハンドリングの直感性が向上する。

研究の背景と目的

本研究の目的は、脳動脈瘤クリッピング手術における新しいMR-HMDの応用可能性、特に外科医の空間認識への貢献を評価することである。従来の手術ナビゲーションシステムは通常二次元(2D)ディスプレイに依存しており、外科医は手の動作を3D現実環境に変換する必要があり、空間認識能力に高い要求がある。しかし、MR技術は没入型で全視野の患者固有の解剖学的モデルを提供することで、外科医が複雑な解剖学的関係と空間配置をより良く理解するのを助ける。そのため、本研究では、MR-HMDナビゲーションと標準モニターナビゲーションを比較し、MR技術の利点を探る。

論文の出典

この研究は、Matthias Gmeinerらによって行われた。著者らはケプラー大学病院、ヨハネス・ケプラー大学医学部、Cortexplore GmbHに所属する。本論文は『Journal of Neurosurgery』に2024年6月7日にオンラインで掲載された。

研究方法

実験装置とワークフロー

本研究では、手術室環境で初めて新しい多カメラナビゲーションテクノロジーを適用し、MR-HMDナビゲーションと標準モニターナビゲーションを比較した。研究対象は未破裂中大脳動脈瘤患者14名である。研究チームは、手術ツールの直感性と有効性を評価するために、5つの異なる視覚ナビゲーション条件を設計した。

  1. 手術計画: CT、MRI、デジタル減算血管撮影(DSA)などの多モダリティ画像データを用いて手術計画を立てる。Cortexplore Med ソフトウェアを使用して、患者の画像データを読み込み、フォーマットし、統合し、血管、脳、頭蓋骨、皮膚層を含む3Dデジタルモデルを生成する。

  2. 術中神経ナビゲーション: 手術室に10台の赤外線カメラを設置し、手術場面を監視する。これらのカメラは赤外線を発射・捕捉し、手術器具に取り付けられた球形反射マーカーを使って器具の位置と方向を特定する。この技術を用いることで、外科医はツールの位置を患者の解剖モデルに対して実時間で更新・可視化できる。

  3. 臨床調査: 臨床調査には14人の患者(女性10人、男性4人、平均年齢51.3歳、標準偏差9.1歳)が含まれ、中大脳動脈瘤の大きさは3〜11mmの範囲であった。研究はヨハネス・ケプラー大学倫理委員会と国家規制当局の承認を得て実施された。

5つの視覚ナビゲーション条件

5つの視覚ナビゲーション条件は以下の通りである。 1. 視覚補助なしのナビゲーション: 外科医はディスプレイやMR-HMDなどの視覚補助ツールを使用せず、解剖学的知識と空間認識能力のみに依存してプローブを合わせる。 2. 仮想解剖構造によるMRナビゲーション: MR-HMDを使って患者の体に仮想脳、血管、動脈瘤解剖モデルを重ね合わせるが、予め定義された手術経路は表示しない。 3. 仮想解剖構造と計画によるMRナビゲーション: 条件2と同じだが、予め定義された手術経路を表示する。 4. モニターナビゲーション: 外科医は2Dナビゲーションコンピュータ上で3Dデジタル解剖モデルと予め定義された手術経路に従ってプローブを合わせる。 5. マルチプレーンモニターナビゲーション: 条件4と同じだが、軸方向、矢状面、冠状面の3つの異なる角度から解剖構造と予め定義された手術経路を表示する。

実験結果

術前・術中の追跡精度

システムの精度は実験室環境でテストされた。金属棒とタモリシミュレーションモデルを使用し、システムの誤差は67±46μmであり、臨床調査に適した精度があることが示された。また、術中のすべての患者・手術ステップにおけるRMS(二乗平均平方根)アラインメント精度は0.72±0.19mmであり、サブミリメートル級の生体精度が示された。

異なるナビゲーション戦略の比較

視覚補助ツール(MR-HMDまたはモニター)を使用した動脈瘤の定位は、視覚補助なしの条件(誤差10.5mm)と比べて明らかに正確で信頼性が高かった(誤差2.3〜2.6mm)。特に、予め定義された手術経路を使用した場合(条件3-5)、手術計画とよりよく一致した著しく小さな角度偏差が形成された。

MRナビゲーションの効率性と直感性

条件2と3のMRナビゲーションは、モニターナビゲーション(条件4と5)よりも明らかに速かった。MRビジュアルの平均ナビゲーション時間(19.2秒)は、モニターナビゲーションの半分以下であり、精度に有意な違いはなかった。

研究の結論

MR技術の導入は、神経外科分野の大きな進歩を示している。MR-HMDの使用により、術中の空間認識がより直感的で正確になり、複雑な手術の実施を最適化する可能性がある。

本研究では、新しい多カメラナビゲーションシステムとMR技術を組み合わせた臨床環境での実現可能性と効率性を示した。その結果、この革新的なテクノロジーにより、従来のモニターナビゲーションと同等の精度を維持しながら、手術速度と直感性が大幅に向上することが示された。この技術の統合により、神経外科手術の実施と患者の手術結果がさらに改善される可能性がある。