行動中の視覚知覚を可能にする視覚運動ダイナミクスを調整する視床ハブアンドスポークネットワーク
視覚認識と運動調整の神経メカニズムに関する研究
学術的背景
日常生活において、動物は外部環境によって引き起こされる感覚体験と自身の動きによって引き起こされる感覚体験を区別する必要があります。この区別は正確な知覚と運動制御にとって非常に重要です。しかし、行動の多様性とそれが感覚に与える複雑な影響により、この課題は非常に困難です。特に視覚システムでは、眼球運動(サッカード)、歩行、または瞳孔の変化といった動物の動きが視覚画像のぼやけや歪みを引き起こし、これは「自己運動による視覚的な摂動」(reafferent signals)と呼ばれます。知覚の一貫性を維持するためには、脳はこれらの摂動を補正する仕組みを必要とします。この仕組みは一般的に「運動コマンドのコピー」または「随伴放電」(corollary discharge, CD)と呼ばれています。
CDのメカニズムは多くの種で広く研究されており、特に霊長類のサッカード抑制において注目されています。しかし、他のタイプの運動(例えば歩行や瞳孔変化)が視覚処理にどのように影響を与えるか、そしてこれらの信号が神経系内でどのように統合され伝達されるかについては、依然として多くの未解決の問題があります。本研究は、腹側外側膝状体(ventral lateral geniculate nucleus, vlGN)という重要な神経構造がこのプロセスにおける役割を明らかにすることを目指しており、特に「ハブ・アンド・スポーク型ネットワーク」を通じて視覚と運動信号を調整して運動中の視覚認識を実現する方法に焦点を当てています。
論文の出典
本論文はTomas Vega-Zuniga、Anton Sumser、Olga Symonova、Peter Koppensteiner、Florian H. Schmidt、およびMaximilian Joeschによって共同執筆されました。彼らはオーストリア科学技術研究所(Institute of Science and Technology Austria)に所属しています。本論文は2025年に『Nature Neuroscience』誌に掲載され、DOIは10.1038/s41593-025-01874-wです。
研究手法と結果
1. 感覚と運動信号の統合中枢としてのvlGN
研究チームはまず、解剖学的および生理学的な実験を通じて、視覚と運動信号の統合におけるvlGNの中心的な役割を確認しました。vlGNは主に抑制性ニューロンで構成されており、多くの感覚および運動関連領域と広範に接続しています。研究チームはウイルスベクターを使用して逆行および順行ラベルを行い、vlGNが網膜からの入力だけでなく、皮質や複数の運動関連領域からの入力も受け取ることを発見しました。これらの入力には、感情、認知制御、運動調整に関連する領域(赤核(red nucleus)や巨細胞網状核(gigantocellular reticular nucleus)など)が含まれていました。
vlGNの視覚処理への調節作用を検証するために、研究チームは覚醒マウスを対象に電気生理学的記録と光遺伝学的実験を行いました。vlGNに光感受性タンパク質(channelrhodopsin-2, ChR2)を発現させたところ、vlGNの活性化が上丘浅層(superficial superior colliculus, sSC)の視覚応答を著しく抑制することがわかりました。これにより、vlGNが抑制性投射を通じて初期の視覚処理を調整していることが示されました。
2. 行動中のvlGNの動的調整
次に、研究チームはカルシウムイメージング技術を用いて、マウスの上丘におけるvlGN軸索末端の活動を記録しました。その結果、vlGN末端の活動はさまざまな行動(サッカード、歩行、瞳孔拡張など)と密接に関連していることがわかりました。特に視覚刺激中、vlGN末端の活動は高周波輝度変調や前方運動に対して強い反応を示し、これらは動物が自然環境で前方に移動する際の視覚入力と一致していました。
研究者たちはさらに、光遺伝学的にvlGNを活性化することで、マウスの矯正運動行動(眼球のサッカード、瞳孔の拡張、歩行方向の変化など)を観察しました。これらの結果は、vlGNが視覚信号を調整するだけでなく、複数の運動関連領域に広範囲に投射することで、感覚と運動のリアルタイムでの変換を調整していることを示しています。
3. 視覚認識におけるvlGNの重要な役割
vlGNの視覚認識における役割をさらに検証するために、研究チームはマウスに対して視覚的崖実験(visual cliff paradigm)を行いました。破傷風毒素軽鎖(tetanus toxin light chain, TeLC)をマウスのvlGNに発現させてその出力を遮断したところ、これらのマウスは深度判断において顕著な欠陥を示すことがわかりました。対照群と比較すると、vlGNが遮断されたマウスは崖端を回避する頻度が低く、運動中の視覚認識能力が損なわれていることが示されました。
さらに、研究者たちはvlGNの遮断がサッカード中の視覚的ぼやけに対する補正メカニズムを失わせることも発見し、これが運動による視覚的摂動におけるvlGNの重要な役割をさらに裏付けています。
結論と意義
本研究では、vlGNが「ハブ・アンド・スポーク型ネットワーク」の核心ノードとして機能し、視覚と運動信号を統合することで運動中の視覚認識を調整していることが明らかになりました。vlGNは抑制性投射を通じて初期の視覚処理を調整するだけでなく、複数の運動関連領域に広範囲に投射することで、感覚と運動の変換をリアルタイムで調整しています。この発見は、知覚の一貫性の維持と運動調整におけるvlGNの重要な役割を明らかにし、視覚認識と運動制御の神経メカニズムの理解に新たな視点を提供します。
研究のハイライト
- 視覚と運動信号の統合中枢としてのvlGN:本研究では初めて、vlGNが視覚と運動信号の統合における中心的な役割を持つことを明らかにし、特に運動による視覚的摂動における調整作用が示されました。
- 「ハブ・アンド・スポーク型ネットワーク」の役割:vlGNは複数の脳領域に広範囲に投射することで、感覚と運動の変換をリアルタイムで調整する分散型フィードバック制御システムを形成しています。
- 光遺伝学とカルシウムイメージング技術の適用:研究チームは光遺伝学とカルシウムイメージング技術を用いて、マウスの行動中のvlGNの動的活動をリアルタイムで記録し、その機能について直接的な証拠を提供しました。
- 視覚認識の行動的検証:視覚的崖実験とサッカード抑制実験を通じて、研究チームは運動中の視覚認識におけるvlGNの重要な役割を検証しました。
その他の価値ある情報
本研究の発見は、視覚認識と運動制御の神経メカニズムの理解にとって非常に重要であるだけでなく、関連疾患の治療にも潜在的なターゲットを提供します。例えば、特定の視覚認識障害や運動調整障害はvlGN機能の異常に関連している可能性があります。今後の研究では、異なる行動状態におけるvlGNの動的調整メカニズムや、他の感覚システムにおける役割をさらに探求することが期待されます。
本研究は多分野の技術的手法を駆使し、vlGNが視覚認識と運動調整において果たす重要な役割を明らかにし、神経科学分野に重要な理論的および実験的根拠を提供しました。