仮想現実におけるネット症状の周波数依存性改善:前庭皮質の経頭蓋振動刺激による
サイバーメショに対する経頭蓋振動刺激を用いたVR環境での症状軽減に関する報告
背景と研究の動機
仮想現実(Virtual Reality, VR)技術は、仕事、医療、エンターテインメントなどの分野に日常的に浸透しつつあります。しかし、VRユーザーの約95%が「サイバーメショ(Cybersickness, CS)」と呼ばれる症状、すなわち吐き気、めまい、不快感などを経験します。この現象は、主に視覚、体性感覚、前庭系情報の統合がうまくいかないことに起因します。CSは、「自発的な移動感覚(vection)」と呼ばれる錯覚が引き起こす感覚的不一致によるものであり、VR技術の医療、軍事、教育分野での活用を制限しています。この課題に対応するため、本研究では経頭蓋交流電流刺激(transcranial alternating current stimulation, tACS)を用いて、前庭皮質を標的とする新しい技術を開発し、CS症状の緩和を目指しました。
研究の背景
この研究は、Siena Brain Investigation & Neuromodulation Labを中心に、University of Siena、Massachusetts General Hospital、Sapienza Universityなど複数の機関の科学者が参加しています。本論文は2023年、『Neurotherapeutics』誌に掲載され、CS分野の重要な進展を示しています。
研究方法と設計
研究プロセスと実験デザイン
本研究は、41人の健康な若年成人(男性25人、女性16人、平均年齢26.5歳)を対象に、二重盲検対照試験として実施されました。実験はトレーニングセッションと、以下の3条件(2 Hz tACS、10 Hz tACS、シャム刺激)でのテストで構成され、各条件がCS症状に与える影響を評価しました。
実験の具体的手順
VR環境とCSの誘発
Oculus Quest 2ヘッドセットを使用し、仮想ジェットコースター(Epic Rollercoaster)のシーンを再生しました。被験者は、6分間のVR体験中に静かに座り、吐き気や不快感が生じた場合、それを報告しました。経頭蓋振動刺激の適用
SimNIBSソフトウェアによるシミュレーションに基づき、tACSは双側の頂後内側前庭皮質および後部島皮質を標的としました。電流強度は合計2.5 mAで、それぞれ2 Hzおよび10 Hzの周波数で刺激を行いました。生理学的および行動データの収集
皮膚電気反応(Galvanic Skin Response, GSR)を自律神経活動の指標として測定し、各刺激条件での吐き気の持続時間と回復時間を記録しました。データ分析
線形混合モデル(Linear Mixed Model, LMM)を用いてデータを分析し、スピアマン相関分析および線形回帰分析により、さまざまな変数間の関係を調査しました。
実験結果
CS症状の緩和
- 全サンプルにおいて、10 Hz tACSはCS症状の持続時間を大幅に減少させました(中央値が約0.84 log秒減少)。特に改善が見られたサンプルでは、67%の被験者が10 Hz条件下で症状の改善を報告しました。一方、2 Hz tACSの効果は10 Hzに比べて有意に低い結果となりました。
- 回復時間に関しては、すべての条件で有意な差は見られませんでした。
自律神経系の応答
- 10 Hz tACSはGSRを減少させ(p < 0.001)、交感神経活動を調節する効果が確認されました。これに対し、2 Hz tACSはGSRを増加させました。
- GSRの変化は、tACSがCS症状を改善する可能性があることを示唆しています。
副作用と快適性
- 2 Hz tACSでは軽度の副作用(頭痛やかゆみなど)がより多く報告されましたが、10 Hz tACSとシャム刺激条件間では副作用に有意差は見られませんでした。
研究の結論と意義
主な発見
- 本研究は、10 Hz tACSがVR環境下でのCS症状を有効に緩和できることを示しました。この技術は、前庭機能障害に関連する問題を解決するための新しい手段を提供します。
- 10 Hz tACSの効果は、主に1–2 Hzの低周波振動を抑制し、10 Hzでの局所振動活動を誘発することで達成される可能性があります。
応用可能性と未来の方向性
- 本研究の結果は、教育、軍事訓練、宇宙探査などのVR応用分野において直接的な利点をもたらす可能性があります。また、心理療法セッション中のVR使用時や、その他の前庭機能障害に対する治療にも応用が期待されます。
- tACSデバイスの軽量性と操作の容易さにより、今後のメタバースにおける社会的、教育的、エンターテインメント的利用において大きな潜在力を秘めています。
研究の限界と今後の展望
- 本研究では、tACSが回復時間に与える長期的な影響は検証されておらず、今後、長期間または繰り返し適用することの効果を調査する必要があります。
- α波活動に基づく個別化周波数調整(例:個々の10 Hzの最適化)や、他の神経調節技術との組み合わせの可能性についてもさらなる研究が求められます。
研究のハイライト
本研究は、経頭蓋振動刺激技術がCS症状の緩和において有望であることを厳密な実験デザインの下で実証しました。この成果は、CSの神経生理学的メカニズムの理解を深めるだけでなく、VRユーザーの体験を改善するための革新的なソリューションを提供します。さらに、この知見は、より複雑な環境でのVR応用および関連疾患の治療に新たな可能性を切り開くものです。