多組学データの統合による肺腺癌予後および免疫療法におけるエフェロサイトーシスの役割の解明
肺腺癌におけるアポトーシス死細胞除去特性とその予後および免疫療法との関連研究
背景および研究の動機
肺癌は、世界的に癌による死亡の主な原因であり、その中でも肺腺癌(Lung Adenocarcinoma, LUAD)は最も一般的な組織型です。疾患の潜行性や特異性の欠如により、多くの肺癌患者は進行期に診断され、従来の治療法(手術、放射線療法、化学療法)の効果は限られており、患者の全生存率は依然として低い状況です。近年、免疫療法、特に免疫チェックポイント阻害薬(Immune Checkpoint Inhibitors, ICIs)は、非小細胞肺癌(NSCLC)患者に希望をもたらしていますが、腫瘍微小環境(Tumor Microenvironment, TME)の免疫抑制効果によりその効果は制限されています。
アポトーシス死細胞除去(Efferocytosis, ER)は、死細胞を貪食細胞が除去する生物学的プロセスであり、腫瘍の進行において重要な役割を果たします。研究では、ERが腫瘍の免疫逃避を促進することが示されており、腫瘍細胞の成長、転移、浸潤能に影響を与えることで癌の発展に寄与します。しかし、LUADにおけるERのメカニズムに関する研究は依然として乏しいです。本研究では、転写データと単一細胞RNAシーケンスデータを統合し、深層学習技術を活用して、LUADにおけるERの予後可能性および免疫療法への応答特性を調査することを目的としました。
出典
この研究はYiluo Xie、Huili Chenらによって実施され、著者は主に蚌埠医学院およびその附属第一病院に所属しています。論文は《Cancer Cell International》誌(2024年第24巻)に掲載され、DOIは10.1186/s12935-024-03571-3です。
方法および研究の流れ
データ収集と処理
研究データは、TCGA、GEO、CTRPデータベースから収集され、LUAD患者の臨床情報、転写データ、単一細胞RNAシーケンスデータ、薬物感受性データが含まれます。また、文献から167個のER関連遺伝子(ERGs)を抽出し、単変量Cox回帰、LASSO回帰、多変量Cox回帰を用いて予後関連遺伝子をスクリーニングしました。
アポトーシス死細胞除去特性と分類
一致クラスタリングを用いて、LUAD患者を2つのサブタイプ(C1およびC2)に分類しました。その結果、C2サブタイプの患者はより良好な生存予後と高い免疫浸潤スコアを示し、C1サブタイプは腫瘍増殖が活発で免疫逃避が関連していることが確認されました。
さらに、単一細胞RNAシーケンスデータの解析により、巨噬細胞および内皮細胞におけるER活性が有意に増加していることが判明し、これらの細胞が腫瘍微小環境における死細胞の除去過程で重要な役割を果たしていることが示唆されました。
ER関連予後スコアリングシステムの構築と検証
LASSO回帰および多変量Cox回帰を用いて、7つの遺伝子(HAVCR1、IL1A、MERTKなど)を含むER関連リスクスコアリングシステム(ERGRS)を構築しました。さらに、このシステムの予後予測性能が複数のデータセットで検証され、1年、3年、5年の予測生存率におけるROC曲線下面積(AUC)はそれぞれ0.71、0.69、0.70に達しました。
深層学習モデルの構築
深層ニューラルネットワーク(Deep Neural Network, DNN)モデルを基盤に、TCGA-LUADサンプルを訓練用データとテスト用データに分割し、ERGRSを分類ラベルとしてLUAD患者の予後予測性能を評価しました。このモデルはテストセットでAUCが0.845に達し、高い性能を示しました。
免疫療法と薬物感受性分析
低ERGRS群では、免疫細胞浸潤レベルが高く、免疫療法(例えば抗PD-L1抗体)に対してより良好な応答を示しました。さらに、CTRPおよびPRISMデータベースを用いて高ERGRS患者の潜在的治療薬(BRD-K92856060やMonensinなど)をスクリーニングし、新たな治療戦略の可能性を示しました。
HAVCR1の機能検証
HAVCR1はLUAD組織で正常組織に比べて有意に高い発現を示しました。体外実験により、HAVCR1のノックダウンがLUAD細胞の増殖、移動、侵襲能を有意に抑制することが確認され、この遺伝子が予後バイオマーカーとしての潜在力を持つことが示されました。
結果
主な発見
- ERとLUAD予後および免疫療法の関連性: C2サブタイプの患者はより高い免疫浸潤レベルと良好な予後を示し、免疫療法に対する応答性が高いことが確認されました。
- ERGRSの構築と検証: ERGRSは新しい予後スコアリングシステムとして、LUAD患者の生存率や治療応答を効果的に予測しました。
- HAVCR1の機能研究: HAVCR1はERの重要な遺伝子として、LUAD細胞の悪性挙動に影響を与え、患者の不良予後と密接に関連していました。
臨床的意義
ERGRSはLUAD患者の個別化治療に新たな視点を提供し、免疫療法に感受性のある患者集団を効果的に特定できます。また、HAVCR1の研究はLUADにおける新たな標的治療の可能性を示唆しています。
研究のハイライトと展望
本研究は、ER特性とLUAD患者の予後および免疫療法応答を初めて結びつけ、新しい予後スコアリングシステム(ERGRS)を提案しました。また、深層学習技術を用いてその臨床応用可能性を検証しました。ただし、高ERGRS患者に対する治療戦略の改善にはさらなる研究が必要であり、今後の前向きな臨床試験や体内実験が結果の実用性を強化するでしょう。
ERGRSを臨床意思決定支援システムに統合することで、本研究はLUAD患者の治療戦略と生存予後の改善に寄与する可能性があります。