学校の人種分離と晩年の認知結果への影響

調査報告: 学校人種分離と晩年の認知への影響に関する研究

近年、高齢者における認知障害(cognitive impairment)や認知症(dementia)の発症率が上昇しており、特に米国では非ヒスパニック系黒人(non-Hispanic Black)と白人(non-Hispanic White)の間で認知の健康格差が顕著です。この格差は主に初期教育環境における構造的な人種差別(structural racism)に起因するとされており、特に学校における人種分離(school racial segregation)が黒人の認知健康へ与える長期的な影響については、十分に研究されていません。学校人種分離とは、人種背景に基づき生徒を異なる教育機関に分離することを指し、それにより教育資源、教育の質、機会が不平等に配分されます。1954年の「ブラウン対教育委員会裁判(Brown v. Board of Education)」で学校人種分離は違憲とされましたが、現在でも米国の学区は高度な人種分離現象を抱えています。

本研究は、児童期の学校人種分離が晩年の認知健康に与える影響、特に黒人および白人間の差異を調査することを目的としています。本研究では、全国的に代表的な高齢者データを分析することで、学校人種分離の認知機能への長期的影響を明らかにし、教育達成度(educational attainment)などの媒介因子がこの関連性に与える役割も検討しました。


研究の出典と著者情報

本研究は、Zhuoer Lin博士、Yi Wang博士、Thomas M. Gill博士、およびXi Chen博士によって共同執筆されました。著者らはそれぞれ、イリノイ大学シカゴ校(University of Illinois Chicago)の公衆衛生学部、イェール大学公衆衛生学部(Yale School of Public Health)、イェール大学医学部(Yale School of Medicine)に所属しています。本研究は2025年1月3日に《JAMA Network Open》誌に「学校人種分離の暴露と晩年の認知転帰(Exposure to School Racial Segregation and Late-Life Cognitive Outcomes)」というタイトルで発表されました。


研究の設計と方法

データ出典とサンプル選定

本研究のデータは主に以下の2つの出典から取得しました。 1. 米国民権局(Office for Civil Rights, OCR) の提供する学校人種分離データ。 2. 健康と退職調査(Health and Retirement Study, HRS) の縦断調査データ。

HRSは、1995年から2018年にかけて収集された50歳以上の米国住民を対象とした全国規模の調査データで、認知機能、社会人口統計学的特性、健康状況に関する情報を含みます。本研究では、65歳以上の非ヒスパニック系黒人および白人参加者に焦点を当て、最終的に3,566名の黒人(観察数16,104回)と17,555名の白人(観察数90,874回)がサンプルとして選ばれました。

学校人種分離の評価

学校人種分離は、「黒人および白人差異指数(Black and White Dissimilarity Index)」を用いて評価されました。この指数は0から100の範囲で黒人と白人学生が均等に分布するために別の学校に移動する必要がある黒人学生の割合を表します。指数が高いほど分離の程度が強いことを意味します。本研究では、各州の差異指数を高分離(83.6以上)および低分離(83.6未満)の二分割で分類しました。

認知機能の評価

認知機能は「電話による認知状態インタビュー(Telephone Interview for Cognitive Status, TICS)」を用いて評価されました。これは記憶、作業記憶、思考速度を含む27点満点の認知スケールで、スコアが高いほど認知機能が良好であることを示します。認知障害および認知症は確立された基準に基づき診断されます。スコアが12未満の場合、認知障害(認知症を伴う場合もある)と診断され、7未満の場合は認知症と診断されます。

統計分析方法

本研究では「マルチレベル回帰モデル(multilevel regression models)」を採用し、学校人種分離と認知機能との関連を分析しました。モデルは3つのレベルに分けられています: 個人、児童期居住州、州内のランダム効果。このほか、年齢、性別、親の教育レベルなど社会人口学的変数を調整し、教育達成および中年時の健康要因(高血圧、糖尿病など)の媒介効果も検証しました。


主な研究結果

サンプル特性

最終的なサンプルは21,121名(観察数106,978回)で構成され、黒人は15.1%、白人は84.9%を占めました。高分離州では黒人参加者の割合が高く(26.4%対11.2%)、教育達成度が低く、高血圧や糖尿病などの健康問題の発生率が高い傾向が見られました。

学校人種分離と認知機能の関連

結果として、高分離州で育った参加者は認知スコアが低く(13.6対14.5)、認知障害(37.0%対28.0%)および認知症(14.1%対9.3%)の発生率が高いことが判明しました。マルチレベル回帰分析では、学校人種分離と黒人参加者の晩年の認知機能の間に有意な負の関連が認められましたが、白人では同様の関連が見られませんでした。また、教育達成度などの媒介因子がこの関連の57.6%から72.6%を説明しました。

媒介分析

教育達成度は学校人種分離と認知機能との間の主要な媒介因子であることが示されました。高分離州の黒人は教育達成度が低く、それが認知発達に影響を与え、さらなる健康リスクを高める(例: 医療資源へのアクセス不足や不健康な行動)可能性があります。


研究の結論と意義

本研究は、児童期に高い学校人種分離を経験することが黒人の晩年の認知機能の低下と有意に関連することを明らかにしました。この関連性は部分的には教育達成度などの媒介要因によって説明されます。本研究は、学校人種分離を減らし、教育の不平等を解消することの重要性を強調し、それが認知の加齢を遅らせ、また人種健康格差を縮小する可能性が示唆されました。

研究の主なポイント

  1. 重要な発見: 学校人種分離は、黒人高齢者の認知機能低下と有意に関連するが、白人には同様の関連は認められない。
  2. 方法の独自性: 歴史的行政記録と全国代表的な調査データをリンクし、より客観的な学校人種分離測定を実現。
  3. 政策的意義: 分離を減らし、教育の公平性を促進することで、公衆衛生への長期的利益が期待される。

研究の限界

  1. データの制約: 学校人種分離の州レベルの指標は、特定地域の状況を十分に反映していない可能性がある。
  2. 因果関係の判断: 本研究は横断研究であるため、因果関係を断定することはできない。
  3. 認知評価の限界: 本研究の認知評価は主に自己報告に依存しており、今後は代理報告を併用することが提案される。

結論

本研究は、学校人種分離が黒人高齢者の晩年の認知健康に及ぼす長期的影響を明らかにしました。分離を減らし、教育の不平等に対処することで、大きな利益をもたらす可能性があることを強調しました。本研究の知見は、公平な教育システムを通じて健康格差を削減し、歴史的に疎外された集団の健康状態を向上させるための科学的証拠を提供します。