集中治療における高齢患者の管理に関するESICMコンセンサスに基づく推奨事項

ESICMコンセンサス:高齢重症患者の対応と課題

学術的背景

世界的に人口が高齢化する中で、80歳以上の「高齢患者」(very old patients)は集中治療室(ICU)における割合が急速に増加しています。このグループの特徴は、機能障害や複雑な共病(multimorbidity)の高発症率であり、個体間での生物学的および機能的な異質性が顕著に増加します。これらの要因により、伝統的なエビデンスに基づく医療方法が臨床実践を指導する際に大きな課題に直面しています。既存の臨床研究では高齢患者がしばしば除外されているため、この集団に対する高品質なエビデンスが不足しており、医療上の意思決定には大きな不確実性があります。そのため、欧州集中治療医学会(ESICM)は、専門家のコンセンサスを通じて高齢重症患者の管理に関するガイダンスを提供することを目的としたデルファイ調査を開始しました。

論文の出典

この論文は、Michael Beil(NHS Highland, UK)、Laura Alberto(Conicet, Argentina)、Richard S. Bourne(Sheffield Teaching Hospitals NHS Foundation Trust, UK)など、多国籍かつ多機関の専門家チームによって共同執筆されました。本論文は2025年に『Intensive Care Med』誌に掲載され、DOIは10.1007/s00134-025-07794-4です。

研究プロセス

本研究ではデルファイ法(Delphi method)を使用し、複数回のアンケート調査を通じて専門家の意見を集め、最終的にコンセンサスを形成しました。以下は研究の主なプロセスです。

1. 研究デザインと専門家の募集

本研究は、ESICMのヘルスサービスリサーチ&アウトカム(HSRO)部門によって開始され、集中治療、救急、老年医学分野の専門家が参加しました。最終的に、研究チームは28名の専門家で構成され、さらに82名の専門家が2ラウンドのデルファイ調査を完了しました。

2. 文献レビュー

研究チームは2023年8月にPubMedを用いて高齢重症患者に関連する臨床試験を検索しましたが、このグループに対する高品質な研究が不足していることがわかりました。そのため、デルファイ法を使用して専門家の経験知識を探ることにしました。

3. デルファイ調査

  • 第1ラウンド:2023年12月に開始され、48のステートメントと2つのチェックリストが含まれていました。専門家は9段階のLikertスケール(1は「強く反対」、9は「強く賛成」)を使用して各ステートメントを評価しました。
  • 第2ラウンド:2024年3月に開始され、第1ラウンドの結果に基づいて調整されました。専門家は投票前に第1ラウンドの統計結果を見ることができ、ステートメントの表現についてフィードバックを提供する機会がありました。

4. コンセンサスの定義

コンセンサスは、「強いコンセンサス」(90%以上の専門家が同意または不同意)と「中程度のコンセンサス」(80%〜90%の専門家が同意または不同意)に分けられました。最終的に、研究チームは48のステートメントと2つのチェックリストについて提案を行いました。

主な結果

本研究は、基本原則、ICU入院時の意思決定、ICU内管理、ICU退室後の管理、インフラストラクチャーやサービス開発など、高齢重症患者の管理に関する複数の側面をカバーしました。以下は重要な結果の一部です。

1. 基本原則

  • 年齢はICU入院の唯一の基準とすべきではない:92.4%の専門家がこれに同意しました。
  • 患者の選好を意思決定に含めるべき:97.3%の専門家は、機能、生活の質、および維持治療に対する患者の態度を優先すべきだと考えています。
  • 老年特性の重要性:97.3%の専門家は、虚弱(frailty)、慢性疾患、および機能障害が集中治療に影響を与える重要な要因であると考えています。

2. ICU入院時の意思決定

  • 治療強化計画:95.4%の専門家は、入院時に患者の治療強化計画を明確にすべきだと考えています。
  • 時間制限試験:予後が不確実な患者については、95.5%の専門家が患者または家族の同意を得た後に時間制限試験(time-limited trial)を行うことを支持しています。

3. ICU内管理

  • せん妄管理:95.4%の専門家は、せん妄の予防、検出、および管理に関するガイドラインを策定することを支持しています。
  • 早期リハビリテーション:96.8%の専門家は、ICU内で早期リハビリテーションプログラムを開始すべきだと考えています。

4. ICU退室後の管理

  • 薬物レビュー:92.1%の専門家は、ICU退室前後に薬物レビューを行うべきだと考えています。
  • リハビリテーション計画:93.6%の専門家は、ICU退室時にリハビリテーション計画を策定することを支持しています。

結論と意義

本研究は、専門家のコンセンサスを通じて、ICU入院から退院後の管理までの高齢重症患者の包括的な指導方針を提供しました。これらの提案は個別化医療の重要性を強調し、医療資源が限られている状況下で段階的に実施されるべきであると呼びかけています。本研究の科学的価値は、高齢重症患者の管理における研究の空白を埋めることにあり、応用価値は臨床実践に実行可能な指針を提供することにあります。

研究のハイライト

  1. 多職種協力:本研究は、集中治療、救急、老年医学分野の専門家の意見を統合し、提案の包括性と実用性を確保しました。
  2. 全過程管理:ICU入院から退院後の管理まで、患者の全病程にわたる指導方針を提供しました。
  3. 個別化医療:本研究は、患者の個々の特性や好みに基づいて治療計画を立てる重要性を強調し、患者中心の理念を反映しています。

その他の価値ある情報

本研究は、今後の研究優先事項として、高齢患者の重症管理における病理生理学的メカニズム、意思決定における課題、および多職種協力の最適なモデルの探求を提案しています。これらの研究方向は、高齢重症患者の管理をさらに最適化するための科学的根拠を提供します。

本研究を通じて、ESICMは高齢重症患者の管理に新たな基準を設定し、世界中の医療実践において重要な参考資料を提供しました。