胸腔鏡手術におけるカテーテルベースの脊柱起立筋平面ブロックのプログラム間欠ボーラスと持続注入の回復品質への影響:単一施設ランダム化比較試験

近年、ビデオ補助胸腔鏡手術(Video-Assisted Thoracoscopic Surgery, VATS)は、胸部外科手術における侵襲の少ない手術技術として広く使用されるようになりました。従来の開胸手術と比較して、VATSは術後の痛みが軽く、回復時間が短く、入院期間が短縮され、肺機能の保持が良好であるという利点があります。しかし、VATSの侵襲が小さいにもかかわらず、術後の急性疼痛や回復の問題、特に術後24時間以内の痛みは依然として一般的です。術後疼痛を緩和するために、区域麻酔技術、特に脊柱起立筋平面ブロック(Erector Spinae Plane Block, ESPブロック)がVATS術後の疼痛管理の重要な手段として注目されています。

ESPブロックは、脊柱起立筋筋膜平面内に局所麻酔薬を注入することで、疼痛信号の伝達を遮断し、術後疼痛を軽減します。しかし、単回注射のESPブロックは効果の持続時間が限られているため、持続カテーテルによる局所麻酔薬の注入が一般的な鎮痛方法となっています。近年、プログラム化間欠ボーラス(Programmed Intermittent Bolus, PIB)という新しい投与方法が、間欠的な薬物投与により筋膜平面内での局所麻酔薬の拡散効果を高め、鎮痛効果を向上させる可能性があると考えられています。しかし、PIBと持続注入(Continuous Infusion, CI)をESPブロックで比較した研究データは少なく、特に患者中心の回復品質を主要エンドポイントとした研究はほとんどありません。

そこで、本研究は単施設ランダム化二重盲検比較試験を通じて、PIBとCIがVATS術後のESPブロック鎮痛においてどのような効果を持つか、特に術後24時間の回復品質にどのような影響を与えるかを比較することを目的としています。

論文の出典

本論文は、Aisling Ni Eochagain、Aneurin Moorthy、John Shakerらによって執筆され、アイルランドのダブリンにあるMater Misericordiae大学病院、欧州麻酔学・集中治療学会(ESAIC)の腫瘍麻酔学研究グループ(Europeriscope)、ダブリン大学医学部、および米国クリーブランドクリニックのアウトカム研究センターの研究者らによって共同で行われました。論文は2024年7月29日に『British Journal of Anaesthesia』誌に掲載され、DOIは10.1016/j.bja.2024.05.041です。

研究の流れ

1. 研究デザインと対象基準

本研究は単施設ランダム化二重盲検比較試験であり、PIBとCIがVATS術後のESPブロック鎮痛においてどのような効果を持つかを比較することを目的としています。研究にはVATS手術を受けた60名の患者が参加し、全員が全身麻酔導入後に超音波ガイド下でESPカテーテルを挿入しました。患者は無作為にPIB群またはCI群に割り付けられ、それぞれ異なる局所麻酔薬の注入レジメンを受けました。

対象基準:

  • 年齢が18歳以上、体重が55kg以上;
  • 書面による同意が得られる;
  • アメリカ麻酔学会(ASA)身体状態分類が1、2、または3;
  • VATS手術を受ける。

除外基準:

  • ブロック部位に感染がある;
  • 重度の凝固障害がある;
  • 局所麻酔薬に対するアレルギーがある;
  • オピオイド乱用の既往がある;
  • 慢性疼痛または認知症がある;
  • 術後にICUに入院し機械的人工換気が必要となる;
  • BMIが40 kg/m²を超える;
  • 術中にVATSから開胸手術に移行した。

2. 研究介入

すべての患者は、手術前に20 mLの0.25%レボブピバカイン(Levobupivacaine)を用いたESPブロックのボーラス投与を受けました。術後、患者は無作為にPIB群またはCI群に割り付けられ、以下の2つの局所麻酔薬注入レジメンのいずれかを受けました:

  • PIB群:2時間ごとに20 mLの0.125%レボブピバカインを投与し、24時間で総投与量は300 mg;
  • CI群:0.125%レボブピバカインを1時間あたり10 mL持続注入し、24時間で総投与量は300 mg。

3. 主要および副次的アウトカム

主要アウトカム:

  • 術後24時間の回復品質スコア(Quality of Recovery-15, QoR-15)。QoR-15は、術後の回復を評価するために広く検証された15項目の質問票で、患者の回復体験を5つの領域(快適さ、自立性、疼痛、心理状態、感情状態)で評価します。スコアの範囲は0~150点で、スコアが高いほど術後の回復品質が良いことを示します。

副次的アウトカム:

  • 術後24時間の呼吸機能回復(最大吸気量および術前基準値からの回復率);
  • 術後疼痛スコア(安静時および深呼吸時の疼痛スコア);
  • 術後のオピオイド消費量;
  • 術後24時間以内の制吐薬使用;
  • 術後初回離床時間;
  • 入院期間;
  • 区域麻酔に関連する合併症(感覚ブロック範囲、カテーテル脱落など)。

4. データ分析

研究では、Shapiro-WilkおよびKolmogorov-Smirnov検定を用いてデータの正規性を検証しました。非正規分布データにはMann-Whitney U検定を、正規分布データには独立サンプルのt検定を使用しました。カテゴリカルデータにはFisherの正確検定を使用しました。すべてのデータは平均値(標準偏差)、中央値(四分位範囲)、またはパーセンテージで示され、有意水準はp<0.05と設定されました。

研究結果

1. 主要結果

術後24時間のQoR-15スコアは、PIB群とCI群の間で有意差はありませんでした(PIB群:115.5 [107-125] vs CI群:110 [93-128];差、p=0.29)。唯一有意差が認められたQoR-15項目は吐き気と嘔吐で、PIB群がCI群よりも優れていました(PIB群:10 [10-10] vs CI群:10 [7-10];p=0.03)。また、PIB群では術後24時間以内に制吐薬を必要とする割合がCI群よりも有意に低かったです(PIB群:4 [14%] vs CI群:11 [41%];p=0.04)。

2. 副次的結果

術後疼痛スコア、オピオイド消費量、呼吸機能回復、初回離床時間、入院期間などにおいて、両群間に有意差はありませんでした。区域麻酔に関連する合併症の発生率も両群間で同様でした。

結論

本研究は、VATS術後にPIBまたはCIを用いたESPブロック鎮痛は、術後24時間の回復品質において有意差がないことを示しました。PIB群は吐き気と嘔吐の面でCI群よりも優れていましたが、全体的には両投与方法は術後鎮痛効果において同等の臨床効果を持つことが示されました。これは、筋膜平面ブロックにおいて、局所麻酔薬の投与方法は薬物の投与量や体積ほど重要ではない可能性を示唆しています。

研究のハイライト

  1. 患者中心のエンドポイント:本研究は初めて患者中心のQoR-15スコアを主要エンドポイントとして使用し、PIBとCIがESPブロックにおいてどのような効果を持つかを評価し、患者の術後回復体験を重視しました。
  2. 臨床的適用性:研究で使用された局所麻酔薬の投与量は安全範囲内であり、両投与方法の総投与量は同じであり、高い臨床的適用性を持っています。
  3. 新規性:PIBは区域麻酔において徐々に使用が増えていますが、ESPブロックにおける効果に関する研究は少なく、本研究はこのギャップを埋めるものです。

研究の意義

本研究は、VATS術後の鎮痛に関する新たなエビデンスを提供し、PIBとCIがESPブロックにおいて同等の効果を持つことを示しました。この発見は、臨床医が術後鎮痛計画を選択する際に、薬物の投与方法をより柔軟に考慮することを可能にします。また、この研究結果は、今後の多施設大規模研究の基盤となり、PIBの区域麻酔における応用価値をさらに検証するための基礎となります。

その他の有用な情報

本研究の限界としては、単施設設計、カテーテルの脱落や漏れの問題、および術後観察期間が短い(24時間のみ)ことが挙げられます。今後の研究では、多施設設計、観察期間の延長、カテーテル技術の改善を通じて、PIBのESPブロックにおける効果をさらに検証することが期待されます。