単一細胞転写プロファイリングで明らかになった心不全におけるANPTL4を介した線維芽細胞と血管新生の関連
単細胞トランスクリプトームが明らかにする心臓線維細胞と血管新生の関係:HFpEFにおけるANGPTL4の重要な役割
背景紹介
心不全は、現代の世界における健康分野の重大な課題の一つです。心不全は、射出分画が保たれた心不全(heart failure with preserved ejection fraction, HFpEF)と射出分画が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction, HFrEF)に分類されます。HFpEFは全ての心不全症例の50%を占め、世界で約3200万人がその影響を受けています。HFpEFは高い発症率と死亡率を特徴としますが、その病態生理学的メカニズムが完全には解明されていないため、現在有効な治療法が不足しています。したがって、HFpEFの細胞異質性とその潜在的なメカニズム、特に血管新生障害がHFpEFに及ぼす影響を深く研究することが、現在の研究の重点となっています。
単細胞RNAシーケンシング(single-cell RNA sequencing, scRNA-seq)技術の進化は、複雑な細胞異質性と細胞間コミュニケーションの研究に前例のない機会を提供しました。単細胞解像度により、研究者は異なる細胞タイプが疾患に及ぼす影響とその相互調整メカニズムをより正確に解析することが可能になりました。本研究の著者チームは、scRNA-seq技術を利用し、初めてHFpEF心臓の非心筋細胞の包括的なトランスクリプトーム解析を行い、心臓線維細胞(cardiac fibroblasts, CFs)と血管新生の間の潜在的な関連性を明らかにし、ANGPTL4がこのプロセスを調節する重要な分子であることを示しました。
論文の出典
この論文は、Guoxing Li、Huilin Zhao、Zhe Cheng、Junjin Liu、Gang Li、およびYongzheng Guoによって共同で執筆されました。研究チームは中国重慶医科大学およびその付属病院に所属しています。論文は2025年に『Journal of Advanced Research』誌に発表され、タイトルは「Single-cell transcriptomic profiling of heart reveals ANGPTL4 linking fibroblasts and angiogenesis in heart failure with preserved ejection fraction」です。doiは10.1016/j.jare.2024.02.006です。
研究プロセスと結果
1. HFpEFマウスモデルの構築と検証
研究チームはまず、HFpEFマウスモデルを構築し、高脂肪食事とNOS阻害剤L-NAMEを組み合わせた方法を使用しました。8週齢の雄C57BL/6NマウスをHFpEF群と対照群に分け、HFpEF群は高脂肪食事とL-NAME処理を受け、対照群は通常の食事を与えられました。超音波心エコーとドップラーイメージングにより、マウスの射出分画と拡張機能を評価した結果、HFpEF群のマウスは射出分画が正常であるにもかかわらず、拡張機能障害と運動耐性の低下を示し、HFpEFの病理学的特徴を成功裏に模倣しました。
2. 単細胞RNAシーケンシングサンプルの調製と分析
HFpEF群と対照群からそれぞれ3匹のマウスを選び、心臓組織を分離して酵素消化を行い、単細胞懸濁液を得ました。非心筋細胞はその後の分析のために保持されました。10x GenomicsのChromium単細胞50 v2キットを使用して、単細胞RNAライブラリを調製し、CellRangerを使用してデータのアラインメントと発現行列の生成を行いました。Seuratパッケージはデータの統合、品質管理、次元削減、クラスタリング、および差異発現遺伝子の識別に使用されました。Monocle 2は細胞の疑似時間軌跡の構築に使用され、細胞の分化と転写ダイナミクスの更なる分析を行いました。
3. 単細胞データの解析と細胞サブポピュレーションの同定
6つの心臓サンプルのscRNA-seqデータを解析することで、研究チームは合計53,040個の細胞を獲得しました。各細胞系列の特異的マーカー遺伝子に基づき、10種類の細胞タイプを同定し、これには心臓線維細胞(CFs)、マクロファージ(Macs)、平滑筋細胞(smooth muscle cells, SMCs)、内皮細胞(endothelial cells, ECs)などが含まれます。HFpEF群では、血管関連細胞系(動脈内皮細胞aECs、静脈内皮細胞vECsなど)の割合が顕著に減少し、平滑筋細胞および免疫関連細胞系の割合が増加しており、HFpEFマウスで明らかな血管新生障害と炎症反応が存在することが示されました。
4. 心臓線維細胞の分化と機能分析
研究チームはさらに、心臓線維細胞のサブポピュレーションを解析し、7つのサブグループに分類しました。これには高抗線維性のWIF1+ CFs、高線維性のCILP+ CFs、高代謝性のTXNIP+ CFsなどが含まれます。HFpEF群では、CILP+ CFsとTXNIP+ CFsの割合が顕著に増加しており、これらの線維細胞がHFpEFでより高い線維化と代謝活性を示すことが明らかになりました。疑似時間軌跡分析により、CFsが分化プロセスで高線維化および高代謝型へと徐々に変化していくことが確認され、HFpEFの病理学的進行におけるCFsの重要な役割がさらに検証されました。
5. 血管新生障害の検証と分子メカニズム
bulk RNAシーケンシングと免疫組織化学的解析を通じて、研究チームはHFpEF群で複数の血管新生促進因子の発現が顕著に低下し、血管密度が減少していることを発見しました。さらに研究を進めることで、CFsがANGPTL4を分泌してECsと相互作用し、ANGPTL4がRAF/MEK/ERKシグナル経路を抑制することで抗血管新生機能を発揮することが明らかになりました。HFpEF群では、ANGPTL4の発現が顕著に上昇しており、血管新生を抑制することで病理学的進行を悪化させる可能性が示唆されました。
研究結論
本研究は、初めて単細胞RNAシーケンシング技術を用いてHFpEF心臓の非心筋細胞のトランスクリプトーム特性を明らかにし、HFpEFにおける心臓線維細胞の重要な役割を解明しました。研究により、HFpEF心臓の線維細胞がANGPTL4を分泌して内皮細胞と相互作用し、血管新生を抑制することで、心臓微小血管の希少化を引き起こすことが示されました。さらに、高脂肪食事によって誘導される代謝リプログラミングがHFpEFにおける細胞分化と機能変化の主要な推進力である可能性が指摘されました。これらの発見は、HFpEFの病理学的メカニズムに関する新たな洞察を提供し、ANGPTL4が潜在的な治療標的となる可能性を示唆しています。
研究のハイライト
- 初めてHFpEF心臓の単細胞トランスクリプトームを全面的に解析:scRNA-seq技術を利用して、研究チームは初めてHFpEF心臓の非心筋細胞を体系的に分析し、細胞異質性とそのHFpEFにおける病理学的役割を明らかにしました。
- HFpEFにおける心臓線維細胞の重要な役割:研究により、HFpEF心臓の線維細胞がANGPTL4を分泌して内皮細胞と相互作用し、血管新生を抑制することが明らかになり、HFpEFの病理学的メカニズムに対する新たな視点が提供されました。
- ANGPTL4が潜在的な治療標的に:研究チームは、機械学習ツールDrugnomeAIを使用してANGPTL4の薬剤適性を予測し、HFpEF治療の新たな標的となる可能性を示しました。
研究の意義
本研究は、HFpEFの病理学的メカニズムに関する新たな理論的基盤を提供しただけでなく、ANGPTL4を標的とする治療戦略を開発するための基盤を築きました。単細胞データの詳細な分析を通じて、研究チームはHFpEFにおける心臓線維細胞の多機能性を明らかにし、将来のHFpEFを対象とした精密医療に重要な参考資料を提供しました。