ヒト皮質ニューロンのシナプス幼形成はSRGAP2-SYNGAP1の種特異的なバランスを必要とする

最近、大脳の発達過程における延滞性(neoteny)に関する研究は、科学界で広く注目されています。特に、人間の大脳進化と神経発達障害(NDDs)を探る際に重要です。Baptiste Libé-Philippot、Ryohei Iwataらによる「Synaptic Neoteny of Human Cortical Neurons Requires Species-Specific Balancing of SRGAP2-SYNGAP1 Cross-Inhibition」という論文(2024年、『Neuron』掲載)は、この延滞現象が大脳皮質ニューロンにおける分子メカニズムを深掘りしています。著者チームは、ベルギーのVIB-KUルーヴェン脳と病気研究センター、米国コロンビア大学、自由ブリュッセル大学および他の有名機関から構成されています。この研究は、人間特有の遺伝子SRGAP2B/Cと知的障害(ID)/自閉症スペクトラム障害(ASD)主要遺伝子であるSYNGAP1の相互調節が、人間の皮質ニューロンのシナプス発達リズムをどのように制御するかを探ります。

1. 研究背景:人間の大脳発達の延滞性と神経発達疾患

人間の大脳発達の著しい特徴の一つは、皮質ニューロンの発達速度が遅いことであり、他の哺乳類、特に非人霊長類動物と比較して、人間の皮質ニューロンの発達プロセスは数年間続きます。この延滞的な発達特性は、シナプス可塑性の時間を延ばすだけでなく、認知機能の複雑さも増しています。近年、一部の神経発達障害(IDやASDのような)が脳の発達速度の加速と関連している可能性が指摘されています。SRGAP2遺伝子ファミリーとSYNGAP1遺伝子の相互調節は、この発達速度に影響を及ぼしています。しかし、人間特有のSRGAP2B/C遺伝子の具体的な役割は充分に立証されていませんでした。そのため、本稿では人間の皮質ニューロンにおけるSRGAP2-SYNGAP1の相互調節メカニズムに深く探ることで、シナプス発達におけるその重要な役割を明らかにしました。

2. 研究機関と方法の概説

この研究チームは、ベルギーKUルーヴェン脳科学研究所、自由ブリュッセル大学およびコロンビア大学神経科学科などの機関から成り、論文は2024年11月の『Neuron』に掲載されました。研究では、「ヒト-マウスキメラモデル」と呼ばれる手法を用い、人間の皮質ニューロンを新生マウスの大脳皮質に移植して、急速に発達するマウス脳環境における人間ニューロンの挙動を観察しました。この研究方法は、細胞そのものが種特異的な発達リズムを持つかどうかを探るのに役立ちます。さらに、2種類の異なるショートヘアピンRNA(shRNA)を使用してSRGAP2BとSRGAP2C遺伝子をダウングレードすることにより、これら遺伝子がニューロンシナプスの発達にどう関与するかを明らかにしました。

3. 研究フローと具体的な方法

  1. キメラモデルの構築と遺伝子のダウングレード:研究チームはまず、多能性幹細胞(PSC)を用いて深層皮質ニューロンを誘導分化させ、レンチウイルスベクターを用いて人間の皮質ニューロン中のSRGAP2B/Cを特異的にダウングレードしました。遺伝子ノックダウン実験では、SRGAP2A遺伝子のmRNAには存在しない3’非翻訳領域(UTR)を標的にしたshRNAを2種類選び、SRGAP2A遺伝子の発現には影響を与えないようにしました。

  2. シナプス発達の観察:研究者たちは、キメラモデル中の人間皮質ニューロンのシナプス発達プロセスを観察し、シナプスの密度や頭部幅などの指標の変化を評価しました。遺伝子ノックダウン効果は2つの方法で確認しました:まず、SRGAP2B/C遺伝子のダウンがSRGAP2Aの発現増加を引き起こすかどうかを検出し、次に復帰実験によりノックダウン効果の特異性を検証しました。

  3. シナプス機能のテスト:膜パッチクランプ技術を利用して、SRGAP2B/Cノックダウンがシナプス機能に与える影響を研究しました。自発的興奮性シナプス後電流(sEPSCs)の頻度と振幅を測定し、シナプスの成熟状態を評価しました。実験結果は、SRGAP2B/C遺伝子のノックダウンがシナプスの迅速な成熟を引き起こすことを示しました。

  4. タンパク質レベルの調節メカニズムの探究:体外の細胞系実験を通じて、研究チームはSRGAP2B/Cが主にシナプス外でのSRGAP2Aタンパク質の発現を増加させ、間接的にシナプスでのSYNGAP1の蓄積を抑制していることを発見しました。さらなる実験で、シナプスにおいてSYNGAP1とSRGAP2Aタンパク質が「相互拮抗」のバランス関係を形成していることを確認しました。

4. 研究結果と主要な発見

  1. SRGAP2B/Cによるシナプス発達の延滞効果:研究は、人間特有のSRGAP2BおよびSRGAP2C遺伝子が皮質ニューロンの発達過程で「調整因子」としての役割を果たし、SRGAP2Aのシナプスでのレベルを抑制することにより、SYNGAP1のシナプス累積を促進することを発見しました。このプロセスはシナプスの成熟速度を遅らせ、人間皮質ニューロンに発達上の顕著な延滞性特徴をもたらします。

  2. SYNGAP1とSRGAP2Aの拮抗バランス:SRGAP2AとSYNGAP1タンパク質はシナプスにおいて相互に抑制する関係を示し、SRGAP2Aの増加はSYNGAP1のシナプス累積を抑制し、逆にSYNGAP1の増加はSRGAP2Aのシナプスでのレベルを低下させました。この拮抗バランスメカニズムは、シナプス発達リズムの調節において重要な要素となります。

  3. 種特異的なシナプス発達リズム:研究は、人間の皮質ニューロンにおいてSRGAP2B/C遺伝子の欠失がシナプス発達リズムをかなり速め、シナプスが初期に成熟度の高い状態に達することを示しました。この発見は、人間ニューロンが持つシナプス発達リズムの種特異性を示しています。

  4. シナプス成熟と機能の調節メカニズム:電気生理学的な実験結果は、SRGAP2B/C欠失の人間皮質ニューロンがより高いシナプス電流頻度と振幅を示し、シナプスがより早く機能的な成熟状態に達することを示しました。さらに、タンパク質検出実験により、SRGAP2AとSYNGAP1タンパク質が発達過程においてシナプスで相互に調整されることを発見し、シナプス発達の分子メカニズムを理解するための新たな視点を提供しました。

5. 結論と研究意義

本研究は初めて、人間特有のSRGAP2B/C遺伝子が皮質ニューロンのシナプス発達リズムを調節する重要な役割を持っていることを明らかにしました。SRGAP2AとSYNGAP1の拮抗メカニズムを介して、この遺伝子ファミリーはシナプスの発達プロセスを効果的に遅らせ、人間の大脳発達と認知機能の発展に時間を提供しました。また、この研究はSRGAP2/SYNGAP1が神経発達疾患(例えばASDやID)の潜在的な役割も明らかにし、これらの疾患研究における新たな分子ターゲットを提供しました。将来的な研究では、これらの遺伝子の発現をさらに調整することで、神経発達疾患の治療に新たな可能性を探ることができるかもしれません。

6. 研究の革新点と展望

  1. 種特異的な分子メカニズムの探究:本稿は初めて、SRGAP2B/C遺伝子が人間のシナプス発達延滞性の調節に関与することを明らかにし、人間の大脳独特の発達メカニズムを理解するための新たな視点を提供しました。

  2. シナプス発達と神経発達疾患の関連発見:研究は、SRGAP2B/C遺伝子によるSYNGAP1の調整不均衡がASD、IDなど神経発達疾患の発生機序と関連している可能性を示しました。この発見は、対応する疾病の臨床研究と治療の探索を促進する可能性があります。

  3. 将来の研究の潜在的な方向性:研究チームは、小鼠モデルの寿命制限により、人間皮質ニューロンが小鼠脳での発達時間が完全な成熟レベルに達していないことを指摘しました。将来的な研究では、より長い時間の移植実験を探ったり、他の霊長類動物モデルを利用して、人間シナプス発達の最終メカニズムをさらに明らかにすることができます。また、研究チームは体内での生体イメージング技術を用いて、SYNGAP1とSRGAP2Aの動的分布を観察し、シナプス機能と可塑性の理解に更なる証拠を提供することを提案しています。

本研究は、人間皮質ニューロンのシナプス発達リズムに新たな分子的説明を提供し、SRGAP2B/Cが神経発達過程で果たす重要な役割とそのSYNGAP1との複雑な関係を明かしました。この発見は、人間の大脳進化と神経発達疾患の理解を深化するだけでなく、将来の神経科学研究および疾病治療に貴重な分子ターゲットを提供します。