PD-L1アップレギュレーションによる免疫療法の強化:抗PD-L1とmTOR阻害剤の有望な組み合わせ
PD-L1発現の上昇を通じた免疫療法の強化——抗PD-L1とmTOR阻害剤の併用
背景紹介
近年、免疫チェックポイント阻害剤(Immune Checkpoint Inhibitors, ICIs)はがん治療において顕著な進展を遂げ、特に尿路上皮癌(Urothelial Cancer, UC)の治療において重要な役割を果たしています。PD-1/PD-L1阻害剤は、PD-1とPD-L1の結合を阻害することでT細胞の抗腫瘍活性を回復させ、一部の患者の生存期間を大幅に改善しました。しかし、これらの薬剤は一部の患者において持続的な効果を示すものの、全体の反応率は依然として低く、20-23%の患者しか恩恵を受けていません。そのため、免疫療法の効果をどのように高めるかが現在の研究の焦点となっています。
mTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)シグナル経路は、特に膀胱癌(Bladder Cancer, BC)において重要な役割を果たしており、mTOR経路の変異が頻繁に見られます。これまでの研究から、mTOR阻害剤は腫瘍微小環境におけるPD-L1発現を調節することで、免疫療法の効果を高める可能性が示唆されています。しかし、mTOR阻害剤とPD-L1発現の具体的な関係はまだ十分に研究されていません。そこで、IMIM(Hospital del Mar Research Institute)とDana-Farber Cancer Instituteの研究チームは、mTOR阻害剤がPD-L1発現に及ぼす影響を探り、抗PD-L1抗体との併用の可能性を評価する研究を行いました。
論文の出典
本論文は、Anna Hernández-Prat、Joaquim Bellmuntらを中心とするIMIM、Dana-Farber Cancer Institute、ハーバード大学医学部など複数の研究機関のチームによって共同で執筆されました。論文は2024年6月25日に受理され、2024年9月11日に『Molecular Oncology』誌にオンライン掲載されました(DOI: 10.1002⁄1878-0261.13699)。
研究の流れと結果
1. 研究の流れ
研究チームはまず、膀胱癌細胞モデルにおいて3種類のPI3K/AKT/mTOR経路阻害剤(TAK-228、Everolimus、TAK-117)がPD-L1発現に及ぼす影響を評価しました。具体的な流れは以下の通りです。
a) 細胞培養と処理
研究では、7種類の膀胱癌細胞株(T24、HT-1197、TCCSUP、UM-UC-3、J82、RT4、CAL-29)を使用し、これらの細胞株はそれぞれ高および低PD-L1発現の腫瘍モデルを代表しています。細胞は標準条件下で培養され、TAK-228、Everolimus、TAK-117で48時間処理されました。
b) PD-L1およびHLA-I発現の検出
定量リアルタイムPCR(qRT-PCR)およびウェスタンブロット法を用いて、PD-L1のmRNAおよびタンパク質発現レベルを検出しました。さらに、フローサイトメトリーを用いて細胞表面のPD-L1およびHLA-I発現を測定しました。
c) メカニズムの研究
TAK-228がPD-L1を上昇させるメカニズムを探るため、研究チームはmTOR阻害剤がS6およびGSK3βのリン酸化に及ぼす影響を分析し、EGF(上皮成長因子)およびIFN-β(インターフェロン-β)がPD-L1発現に及ぼす役割を評価しました。EGF受容体(EGFR)およびIFN-β受容体(IFNAR2)を阻害することで、これらの因子がPD-L1上昇に及ぼす影響をさらに検証しました。
d) 免疫細胞共培養実験
研究チームは、膀胱癌細胞と健康なドナーから採取した末梢血単核球(PBMC)またはCD8+ T細胞を共培養し、TAK-228が免疫細胞の腫瘍細胞殺傷能力に及ぼす影響を評価しました。さらに、抗PD-L1抗体(Atezolizumab)が免疫細胞の殺傷効果を高めるかどうかも検討しました。
e) 患者由来腫瘍サンプルの研究
研究チームは、患者由来の腫瘍サンプル(Patient-Derived Explants, PDE)を使用し、TAK-228を体外で処理した後、免疫組織化学(IHC)を用いてPD-L1発現の変化を検出しました。
2. 主な結果
a) PD-L1およびHLA-Iの基礎発現
研究では、異なる膀胱癌細胞株が基礎条件下で顕著なPD-L1発現の差異を示すことが明らかになりました。T24、TCCSUP、HT-1197細胞株は高PD-L1発現を示し、RT4、UM-UC-3、CAL-29、J82細胞株は低PD-L1発現を示しました。また、HLA-Iの発現レベルにも差異が見られ、CAL-29、TCCSUP、J82細胞株は高HLA-I発現を示し、T24、RT4、UM-UC-3、HT-1197細胞株は低HLA-I発現を示しました。
b) mTOR阻害剤がPD-L1発現に及ぼす影響
TAK-228およびEverolimusは、特に高PD-L1発現の細胞株において、PD-L1のmRNAおよびタンパク質発現レベルを有意に増加させました。TAK-228は、S6リン酸化の抑制およびGSK3βの活性化を通じて、PD-L1の安定性を高めました。さらに、TAK-228はEGFおよびIFN-βの分泌を増加させることで、PD-L1発現を促進しました。
c) 免疫細胞共培養実験
研究では、TAK-228処理後の膀胱癌細胞がPBMCおよびCD8+ T細胞の殺傷作用に対してある程度の抵抗性を示すことが明らかになりました。しかし、抗PD-L1抗体(Atezolizumab)を添加すると、特にT24細胞において、この抵抗性が部分的に逆転しました。
d) 患者由来腫瘍サンプルの研究
患者由来の腫瘍サンプルにおいて、TAK-228は特に高グレードの腫瘍においてPD-L1発現を有意に増加させました。この結果は、体外実験の結果と一致し、TAK-228がPD-L1発現を増加させる可能性をさらに支持するものです。
3. 結論と意義
本研究は、mTOR阻害剤(特にTAK-228)がPD-L1発現を上昇させることで、抗PD-L1免疫療法の効果を高める可能性を示しました。この発見は、mTOR阻害剤と免疫チェックポイント阻害剤の併用に関する理論的根拠を提供し、特にPD-L1低発現の腫瘍において、mTOR阻害剤がPD-L1発現を誘導することで腫瘍を免疫療法に対してより感受性の高い状態にする可能性を示唆しています。
4. 研究のハイライト
- PD-L1発現の上昇メカニズム:研究は初めて、mTOR阻害剤がEGFおよびIFN-β依存性のメカニズムを通じてPD-L1発現を上昇させる分子メカニズムを詳細に解明しました。
- 免疫細胞共培養実験:PBMCおよびCD8+ T細胞との共培養実験を通じて、TAK-228が免疫細胞の腫瘍細胞殺傷能力に及ぼす影響を検証し、抗PD-L1抗体の潜在的な増強効果を示しました。
- 患者由来腫瘍サンプルの検証:研究は細胞株だけでなく、患者由来の腫瘍サンプルを用いてTAK-228の効果を検証し、その臨床応用の可能性をさらに裏付けました。
まとめ
本研究は、mTOR阻害剤と免疫チェックポイント阻害剤の併用に関する重要な実験的根拠を提供し、特に膀胱癌などのPD-L1低発現腫瘍において、mTOR阻害剤がPD-L1発現を誘導することで免疫療法の効果を高める可能性を示しました。この発見は、今後の臨床試験の設計に新たな視点を提供し、より多くのがん患者に福音をもたらすことが期待されます。