ステント搭載型電極アレイを用いた大腿神経の血管内刺激の実現可能性

経血管ステントアレイ電極による大腿神経の血管内刺激の実現可能性

近年、末梢神経の電気刺激が損傷した神経機能の回復のための治療法として注目されています。従来の電極アレイには侵襲手術による植込みが必要で、患者に大きな負担がかかっていました。そのため、低侵襲な代替案としての血管内ステント電極アレイに大きな可能性があります。本論文は、ステント電極アレイによる大腿神経の刺激可能性を調査し、市販のペースメーカリードとの性能を比較することを目的としています。

論文の背景と目的

末梢神経への電気刺激は、薬物療法では回復が難しい神経機能障害の治療に使用されてきました。例えば、難治性てんかんや抑うつ症の治療に用いられています。さらに、炎症性腸疾患、筋骨格系疾患、慢性疼痛管理、義肢への感覚フィードバックなどの適用が研究されています。しかし、従来の電極アレイの侵襲的植込み手術が長期治療法として実用化を制限していました。

本研究は、末梢神経系への血管内ステント電極アレイの応用の空白領域を埋めることを目指し、血管内技術によってより便利で安全な治療選択肢を提供することを目的としています。

研究の出所と著者情報

本研究は、Jingyang Liu博士(学生)、David B. Grayden、Janet R. Keast、Lindsea C. Booth、Clive N. May、Sam E. Johnによって共同で行われました。倫理承認は、オーストラリア・メルボルンのFlorey Institute of Neuroscience and Mental Health(承認番号:21-065-FINMH)から取得されています。研究成果は「Journal of Neural Engineering」に掲載されています。

研究の手順と詳細

実験デザインと手順

  1. 実験対象と麻酔処理

    • 倫理承認後、4匹の雌オーストラリア綿羊を実験対象とした。
    • 手術中、動物はイソフルランで麻酔し、挿管による機械換気を行った。
    • 麻酔薬と抗生物質を投与し、手術中の安定を確保した。
  2. 電極植込みと実験操作

    • 手術により大腿動脈を露出し、導管鞘を挿入して、ペースメーカリードとステント電極アレイを植込んだ。
    • 初めに4極ペースメーカリードで大腿神経刺激を行い、大腿四頭筋の筋電図(EMG)と大腿神経末梢支の神経電図(ENG)を記録した。
    • その後ペースメーカリードを抜去し、双極ステント電極アレイを植込んで同様の刺激と記録を行った。
    • パルス幅と刺激強度を変えながら、反応閾値と強度持続曲線を測定した。
  3. データ処理と分析

    • MATLABを使ってデータ処理を行い、EMGとENGからノイズと伪影を除去した。
    • 統計的に有意な最小刺激強度をスクリーニングし、閾値電流、総注入電荷、電荷密度を計算した。
  4. 組織学的検査

    • 実験終了後、組織サンプルを採取し、電極と神経の空間関係、周辺組織への影響を組織学的に分析した。

実験結果と考察

  1. 電気刺激の実現可能性

    • 研究により、ステント電極アレイによる大腿神経の電気刺激が可能であり、強い筋肉と神経反応を引き起こすことが確認された。反応強度はペースメーカリードに近かった。
  2. 閾値電流と電荷密度

    • ステント電極アレイで誘発反応を得るための閾値電流はペースメーカリードより高かったが、パルス幅を100μsに短縮すると、電荷密度は安全範囲まで大幅に低減した。
    • 強度持続曲線分析により、ステント電極アレイのRheobase、Chronaxie、総注入電荷の3つの重要パラメータがペースメーカリードに近い性能を示した。
  3. 組織と器具の長期的影響

    • 本研究は急性実験に重点を置いたが、ステント電極アレイの長期植込みにおける安定性と安全性について、さらに検討が必要である。
    • 電極材料の選択や組織表面での電極構造については、より多数の大面積電極や電極表面の多孔質構造を導入して、充電密度を改善し、長期植込みによる不可逆電気化学反応のリスクを低減することが考えられる。

結論と研究の意義

本研究では、体内実験により、血管内ステント電極アレイを使った末梢神経電気刺激の実現可能性と有効性が実証された。この結果は、低侵襲な末梢神経インターフェースの探索に新たな方向性を与えるものである。今後の研究では、ステント電極の長期安定性、局所組織への植込み影響、末梢神経信号記録の実現可能性などをさらに評価する必要がある。

研究の光る点

  1. 末梢神経電気刺激への血管内ステント電極アレイの初の応用

    • 血管内ステント電極による末梢神経刺激の技術的実現可能性と安全性を証明した。
  2. 市販のペースメーカリードとの性能比較

    • 臨床応用パラメータ範囲内で、ステント電極アレイは同等の電気刺激効果を示し、低侵襲な代替案として推奨された。
  3. 電気刺激パラメータの最適化

    • 強度持続曲線から、パルス幅を短くすることで閾値電荷と電荷密度を効果的に低減でき、組織損傷のリスクがさらに低減することが示された。
  4. 将来の研究への展望

    • 長期植込みによる局所組織と血流動力学への影響、無線刺激器技術の進歩など、今後の研究の重要性が強調された。