メンデルランダム化を使用した英国バイオバンクにおける貧困の精神疾患への影響の調査

貧困が精神疾患に及ぼす影響の研究:UK Biobank に基づくメンデルランダム化分析

本文は、貧困と精神疾患の因果関係を探ることを目的としています。低い社会経済的地位と精神疾患の関連が多くの研究で示されていますが、貧困が直接的に精神疾患を引き起こすのか、逆に精神疾患が貧困を引き起こすのか、という問題は未解明のままです。本研究では、英国バイオバンク(UK Biobank)と精神病学ゲノムコンソーシアム(Psychiatric Genomics Consortium)のデータを用いて、九種類の精神疾患(注意欠陥多動性障害(ADHD)、神経性食欲不振症(AN)、不安症(ANX)、自閉症スペクトラム障害(ASD)、双極性障害(BD)、重度抑うつ障害(MDD)、強迫性障害(OCD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)及び統合失調症(SZ))と貧困の因果関係を分析しました。

研究の背景

1958年にHollingsheadとRedlichは、社会経済的地位が低い人々の間で深刻で持続的な精神疾患の発病率が高く、治療を受ける機会が少ないことを発見しました。この50年以上にわたる研究で、世界各地の流行病学研究が心理健康と社会経済的地位(SES)の関連を確認しており、低い社会階層に属する人々の間で精神疾患がより一般的であることが示されています。また、収入の変動と心理健康の変化が相関することも示されています。ただし、貧困が精神疾患を直接引き起こすのか、それとも精神疾患が貧困を引き起こすのかは依然として明確ではありません。この因果関係を理解することは、公共保健政策を策定する上で非常に重要であり、貧困の重要な側面を特定し、一般の人々の心理健康を改善するために役立ちます。

出典

本研究は、Mattia Marchiおよびその他の研究者によってUniversity of Modena and Reggio Emilia, Erasmus MCなどの研究機関の協力で行われました。この論文は2024年に『Nature Human Behaviour』に掲載されました。

研究プロセス

本研究は貧困と精神疾患の因果関係を調べるためにメンデルランダム化法を採用しました。研究手順は以下の通りです:

  1. 公共貧困因子の構築:家庭所得(Household Income, HI)、職業収入(Occupational Income, OI)、社会的剥奪(Social Deprivation, SD)などの指標を用いて、遺伝構造方程式モデリング(Genomic Structural Equation Modelling)を通じて貧困公因子を生成しました。
  2. 多変量ゲノム全域関連解析(GWAS):遺伝マーカーで定義された貧困公因子に対して多変量GWASを実施し、HI, OI, SDとの関連を評価しました。この過程で90の有意な独立した遺伝座を確認しました。
  3. メンデルランダム化分析:二つのサンプルMR法を使用して、貧困公因子と九種類の精神疾患の因果関係を探り、認知能力(Cognitive Ability, CA)の影響を調整しました。

主な結果

  1. 貧困が精神疾患に及ぼす因果影響

    • 貧困公因子はADHD、不安症、MDD、PTSDおよびSZに対して有意な因果効果を示しましたが、ANとOCDに対しては負の関連効果を示しました。
    • HI、OI及びSDを個別に分析した結果、貧困がある精神疾患に及ぼす影響は一致していました。例えば、HIを貧困指標として使用した場合、ADHDおよびSZは双方向の因果効果を示し、MDDおよびANは単方向の因果効果を示しました。
  2. 逆因果関係

    • ADHDおよびSZは貧困公因子に対して有意な因果効果を示し、特に逆向分析において顕著です。
    • OIおよびSDに対しても、ADHDおよびSZとの双方向の因果効果が見られました。
  3. 認知能力の役割

    • 多変量MRモデルでCAを調整した結果、貧困公因子が精神疾患に及ぼす直接的な効果は減少しましたが、ADHD、ANおよび不安症に対する因果効果は依然として存在しました。
    • これは、貧困と精神疾患の間の多くの遺伝的影響がCAを介していることを示しているが、CAを超えた独立した影響も存在することを意味します。

結論と意義

本研究は18のGWASデータに基づき、貧困と特定の精神疾患の間に因果関係が存在することを確認しました。遺伝構造方程式モデルとメンデルランダム化法を用いることで貧困とADHDおよびSZの間に双方向の因果関係があることを示す証拠を提供しました。結果は、貧困が精神疾患の発現において複雑で多様な役割を果たし、物質的、心理的、行動的および生物学的経路を含むことを示しています。

これらの発見は、社会経済的不平等と精神健康の関係についてより深い理解を提供し、今後の研究および公共保健政策において重要な焦点を示しています。特に、教育と認知能力の向上が社会経済的地位および精神健康の改善に寄与する可能性があることを示しています。

また、これらの研究結果は、貧困と精神疾患の役割をより詳細に解明し、これらの知見を利用して公衆の心理健康を向上させる必要性を強調しています。全球的な収入不平等の拡大および精神疾患の罹患率の上昇を背景に、この研究は重要な意義を持っています。

研究のハイライト

  • 研究方法の新規性:遺伝構造方程式モデルとメンデルランダム化法を組み合わせることで、貧困と精神疾患の間の因果関係に強力な証拠を提供しました。
  • データの広範性と多様性:英国バイオバンクおよび精神病学ゲノムコンソーシアムの大規模データを利用し、複数の精神疾患タイプをカバーしました。
  • 認知能力が貧困と精神疾患の因果関係において果たす役割を強調し、今後の教育および認知介入の根拠を提供しました。

本研究は、貧困と精神疾患の間の複雑な関連をさらに探るための堅固な基盤を提供し、今後の公共保健政策および社会経済政策の策定に重要な科学的根拠を提供しました。