機械的に換気されている患者における呼吸筋冬眠に寄与する超緩和ミオシン

人工呼吸器患者における筋弛緩横紋筋タンパク質が横隔膜筋力低下に与える影響

背景

集中治療室(ICU)で人工呼吸器管理を受けている患者では、横隔膜の収縮力低下が一般的な問題となっている。これにより、人工呼吸器からの離脱が困難になり、死亡率の上昇や莫大な経済的負担が生じている。動物実験では薬物介入の有効性が示唆されているものの、その分子メカニズムについての理解は不完全であり、現時点で有効な治療法は確立されていない。研究者らは、人工呼吸器管理を受けるICU患者の約80%が離脱時に横隔膜機能障害を呈することを明らかにしており、従来はこれが横隔膜萎縮によるものと考えられてきたが、半数以上の患者で萎縮は認められないことから、他の要因が関与している可能性が指摘されている。

研究紹介

本研究論文は、Marloes van den bergら多数の執筆者によるもので、Amsterdam UMC、Bispebjerg Hospital、University of Copenhagenなど著名機関に所属する研究者らによって行われた。本論文は2024年7月31日付の「Science Translational Medicine」誌に掲載された。

研究の流れ

呼吸筋の機能に対する超弛緩(super-relaxed, SRX)状態の横紋筋タンパク質の影響を解明するため、研究者らは54名のICU患者と27名の非ICU患者から得た横隔膜生検サンプルを比較した。この研究では、筋線維の力学測定、X線回折実験、生化学的分析、そして臨床データを統合している。

対象と実験手順

  1. サンプル収集: 研究に参加したICU患者と非ICU患者からそれぞれ横隔膜生検サンプルを採取した。
  2. 超微細構造解析とX線回折実験: サンプルの筋線維横断面積(CSA)、力学的性能、およびSRX状態を評価した。
  3. 生化学的分析: ウェスタンブロッティングと質量分析により、横隔膜中のタンパク質発現レベルとリン酸化状態を決定した。
  4. 薬剤介入実験: 試験管内でtroponin(筋カルシウムタンパク質)を活性化する化合物を用いて、横隔膜線維の収縮力を回復させた。

主な発見事項

  1. 筋線維の収縮力低下: ICU患者の横隔膜筋線維は、カルシウムイオン濃度([Ca2+])の上昇に伴う最大力(32μm)が著しく低下し、収縮力が損なわれていることが示された。
  2. SRX横紋筋タンパク質の増加: X線回折実験と生化学的分析から、ICU患者の横隔膜にてSRX状態の横紋筋タンパク質が著しく増加し、アクチンとミオシンの結合が阻害されるため、カルシウムによる活性化応答が対照群より低下することが分かった。
  3. 筋原繊維調節軽鎖(RLC)のリン酸化減少: 線形混合モデル解析により、ICU患者の横隔膜におけるRLCのリン酸化が著しく低下しており、これがSRX状態増加の原因である可能性が示唆された。
  4. 薬物介入の効果: トロポニンを活性化する低分子化合物CK-3825076およびCK-3762601を用いることで、試験管内で横隔膜線維の収縮力が回復することが示された。

考察

本研究結果は、SRX状態が人工呼吸器管理による横隔膜機能障害の重要な機序の1つであることを示している。また、大腿外側広筋のサンプルと実験結果を比較したところ、SRX状態の増加は横隔膜に特異的な現象であり、全身的な筋肉の変化ではないことが分かった。

意義と応用価値

本研究により、SRX横紋筋タンパク質が横隔膜機能障害に関与するメカニズムが明らかとなった。これにより、ICU患者の横隔膜筋力低下に対する新たな治療法の開発につながる重要な科学的根拠が提供された。また、サルコメアタンパク質を標的とした新規薬剤によって、横隔膜線維のカルシウム感受性を高め、人工呼吸器からの離脱を円滑化できる可能性が示唆された。

研究の特色

  1. メカニズムの解明: ICU人工呼吸器管理に伴う横隔膜機能障害におけるSRX横紋筋タンパク質の役割が体系的に明らかにされた。
  2. 包括的な実験設計: 力学的、生化学的、分子レベルのデータを複数の実験手法で総合的に解析した。
  3. 臨床への高い関連性: 研究結果は直接的な臨床応用が期待でき、ICU患者の人工呼吸器離脱プロセスの改善につながる。

結論

本研究は、人工呼吸器管理下で横隔膜のSRX横紋筋タンパク質が増加する分子機構を明らかにした。さらに、トロポニン活性化化合物を用いて横隔膜線維の収縮力を回復させる新たな戦略を提案している。これにより、新規治療法の開発に向けて重要な理論的・実験的根拠が得られ、ICU患者の苦痛や経済的負担の軽減が期待される。