生物学的暗闇の中で生きるII:冬季の習慣的な日中の光が夜間の睡眠に与える影響

冬季都市の光が夜間の睡眠に与える影響

背景紹介

光と闇は、人間の概日リズムを調節する主要な環境要因です。自然環境では、人間は3000ルクス(曇った冬空)から100,000ルクス(晴れた空)の光にさらされます。しかし、現代の都市環境、特に冬季においては、人々は非常に低い光レベルにさらされることが多く、この現象は「生物学的暗闇」(biological darkness)と呼ばれています。このような低光環境は、人間の睡眠構造やメンタルヘルスに深い影響を与える可能性があります。過去の研究では、光の不足がうつ病などの精神疾患の生物学的マーカー(例えば、レム睡眠(REM)潜時の短縮)と関連していることが示されています。しかし、低光環境が健康な人々の睡眠構造に与える具体的な影響については、研究がまだ限られています。

本研究は、冬季の都市環境における日中光が夜間睡眠に与える客観的な影響、特にレム睡眠と徐波睡眠(SWS)への影響を探ることを目的としています。研究チームは、都市冬季の日中光レベルを定量化し、夜間睡眠パラメータとの関係を明らかにすることで、光が人間の生理的リズムに与える影響を理解するための新しい知見を提供することを目指しています。

論文の出典

本論文は、Claudia NowozinAmely WahnschaffeJan de Zeeuwらによって共同執筆され、研究チームはドイツ・ベルリンのシャリテ医科大学(Charité – Universitätsmedizin Berlin)の生理学研究所および睡眠と臨床時間医学クリニック(Clinic Sleep & Chronomedicine)に所属しています。論文は2025年にEuropean Journal of Neuroscience誌に掲載され、タイトルは「Living in Biological Darkness II: Impact of Winter Habitual Daytime Light on Night-Time Sleep」です。

研究プロセス

研究対象とデザイン

研究では、11名の健康な参加者(平均年齢25.4歳、男性6名、女性5名)を募集し、2008年冬季に連続4日間、光センサーを搭載した眼鏡フレームを装着して日中光強度(範囲1-40,000ルクス)を記録しました。そのうち9名の参加者は、実験室で2晩のポリソムノグラフィー(polysomnography, PSG)検査を受け、夜間睡眠構造を評価しました。

光測定

光センサーは眼鏡フレームに垂直に取り付けられ、記録頻度は1ヘルツでした。研究チームは、1ルクス未満および40,000ルクスを超える異常値を除去し、最終的に87.2%の有効データを使用しました。光データは、朝(7:00-11:00)、昼(11:00-15:00)、午後(15:00-19:00)の時間帯に分けられ、各時間帯の中央値光強度が計算されました。

睡眠モニタリング

参加者は実験室で一晩を過ごし、低光条件下(ルクス)でPSG検査を受けました。PSGデータは米国睡眠医学会(AASM)の基準に基づいてスコアリングされ、レム睡眠潜時、レム睡眠密度、レム極性(レム睡眠の睡眠終盤における分布)、および徐波睡眠(SWS)の夜間分布が記録されました。

主な結果

日中光レベル

研究によると、参加者は冬季の都市環境で非常に低い日中光レベルにさらされていました。全日(7:00-19:00)の中央値光強度はわずか23ルクスで、朝は81ルクス、昼は68ルクス、午後は22ルクスでした。参加者は1日あたり500ルクス以上の光にさらされる時間がわずか36分でした。

光と睡眠パラメータの関係

  • レム睡眠潜時:昼(11:00-13:00)の光強度はレム睡眠潜時と有意に関連していました(rho = 0.817, p = 0.049)。昼間の光レベルが低いほど、レム睡眠潜時が短くなりました。
  • レム極性:昼間の光レベルが低い場合、レム極性が睡眠の初期段階にシフトする傾向がありました(rho = 0.817, p = 0.049)。
  • 非レム睡眠:午後(15:00-17:00)の光強度はN2睡眠段階の持続時間と負の相関がありました(rho = -0.883, p = 0.014)。

考察と結論

研究結果は、冬季の都市環境における低光レベルが夜間睡眠構造、特にレム睡眠の分布と潜時に大きな影響を与えることを示しています。これらの変化は、うつ病患者で観察される睡眠パターンと類似しており、低光環境が人間のメンタルヘルスに潜在的な影響を与える可能性を示唆しています。また、研究では、人間の生理システムがこのような低光環境に適応し、この条件下で光強度の変化に反応することができることが示されました。

研究のハイライト

  1. 低光環境の定量化:研究は初めて冬季都市環境における日中光レベルを定量化し、「生物学的暗闇」現象を明らかにしました。
  2. 光と睡眠の関係:研究では、極めて低い光レベルであっても、光強度の変化が夜間睡眠構造に大きな影響を与えることが示されました。
  3. うつ病睡眠パターンとの類似性:研究結果はうつ病患者の睡眠パターンと類似しており、光とメンタルヘルスの関係を理解するための新しい視点を提供しました。

研究の意義

本研究は、冬季の都市環境における光不足が人間の睡眠に与える影響を明らかにするだけでなく、光とメンタルヘルスの関係を探るための重要なデータを提供しています。研究結果は、日中光条件を最適化することが睡眠の質とメンタルヘルスの改善に役立つ可能性を示唆しており、特に冬季や都市環境において重要です。さらに、研究で提唱された「生物学的暗闇」の概念は、現代のライフスタイルが人間の生理的リズムに与える影響を理解するための新しい理論的枠組みを提供しています。

その他の価値ある情報

研究チームは、夜間睡眠中のレム睡眠と徐波睡眠の分布(極性)を定量化するための新しい数学的ツールを開発しました。この方法では、各30秒の睡眠段階をベクトルとして表現し、24時間極座標系で合計することで、レム睡眠と徐波睡眠の「極性」時間と強度を計算します。この方法は、睡眠研究に新しい分析ツールを提供しています。

本研究は、冬季の都市環境における光レベルとその睡眠への影響を定量化することで、光と人間の生理的リズムの関係を理解するための重要な知見を提供し、今後のメンタルヘルス研究の基盤を築きました。