1990年から2019年までの軽度外傷性脳損傷の世界的、地域的、および国家的負担:2019年世界疾病負担研究からの知見 – 横断研究

軽度外傷性脳損傷の世界的な負担研究:1990-2019年

学術的背景

軽度外傷性脳損傷(mild traumatic brain injury, MTBI)は、世界中でよく見られる健康問題であり、特に高齢者層での発症率が高い。MTBIは頭痛、めまい、疲労などの症状を引き起こすだけでなく、長期的な認知障害、情緒の変動、睡眠障害を引き起こす可能性があり、患者の生活の質に深刻な影響を与える。MTBIは外傷性脳損傷(TBI)の大多数を占めるが、重度のTBIに比べて医療分野での注目度は低い。しかし、MTBIが世界的な疾病負担に与える影響は無視できず、特に低所得国や高齢者層においてその影響は大きい。MTBIをより効果的に予防・管理するためには、その疫学的特徴と世界的な負担を理解することが極めて重要である。

本研究は、世界疾病負担研究(Global Burden of Disease Study, GBD)2019年のデータを活用し、1990年から2019年までの間における世界的、地域的、国家的なMTBIの発症率、有病率、および障害生存年(years lived with disability, YLDs)の変化傾向を分析し、その背景にある原因を探ることで、効果的な介入戦略の策定に科学的根拠を提供することを目的としている。

論文の出典

本論文は、Liang Wu、Yunfei Li、Meng Sun、Pengpeng Ye、Zhaofeng Zhang、Weiming Liuらによって共同執筆され、著者らは北京天壇医院神経外科、北京大学公衆衛生学院栄養・食品衛生学科、中国疾病予防控制センター非感染性疾患予防控制センターなどの機関に所属している。論文は2024年6月24日に『International Journal of Surgery』誌にオンライン掲載された。

研究の流れ

データソースと分析方法

研究データは、GBD 2019年の世界健康データ交換ツール(GBD Results Tool)から取得され、1990年から2019年までの204の国と地域におけるMTBIの負担データを網羅している。GBD 2019は標準化された方法を用いて、369の疾病と87のリスク要因による健康損失を包括的に評価している。研究では、死亡原因集成モデル(Cause of Death Ensemble model, Codem)、時空間ガウス過程回帰(Spatiotemporal Gaussian Process Regression, ST-GPR)、およびDismod-MR(ベイジアンメタ回帰ツール)の3つの主要ツールを使用してデータ分析を行った。

研究のステップ

  1. データ抽出と前処理:GBD 2019データベースからMTBIの発症率、有病率、およびYLDsデータを抽出し、年齢、性別、地理的位置、社会人口指数(Sociodemographic Index, SDI)に基づいて分類した。
  2. 傾向分析:年齢標準化率(Age-Standardized Rates, ASRs)と推定年間変化率(Estimated Annual Percentage Change, EAPC)を計算し、MTBI負担の時間的変化傾向を評価した。
  3. 年齢-期間-コーホートモデル(APCモデル):APCモデルを使用してMTBI発症率の年齢、期間、出生コーホート効果を分析し、異なるSDIグループ間の傾向の違いを探った。
  4. 病因分析:MTBIの主要な病因、特に転倒と道路交通傷害がMTBI負担に与える影響を分析した。
  5. 性別と年齢の差異分析:異なる性別および年齢層におけるMTBI負担を比較し、高齢者と男性層における高い発症率の原因を探った。

主な結果

世界的なMTBI負担

2019年、世界全体でのMTBIの発症件数は12,268.5千件(95%不確実区間[UI]: 992.66-1602.07)、有病件数は11,482.5千件(95% UI: 107.59-123.52)、YLDsは1,366.9千件(95% UI: 96.36-183.35)であった。1990年から2019年にかけて、MTBIの年齢標準化発症率、有病率、およびYLDs率は減少したが、絶対的な症例数は大幅に増加した。

地域と国の違い

2019年、オーストラリア地域の年齢標準化有病率が最も高く、255.1/10万人であった一方、アンデスラテンアメリカが最も低く、89.1/10万人であった。アフガニスタン、スロベニア、シリアのMTBI有病率が最も高かった。東アジア地域では有病率の増加が最も顕著であり、高所得北米地域では有病率の減少が最も顕著であった。

病因分析

転倒と道路交通傷害がMTBIの主要な病因であった。2019年、転倒によるMTBI症例数は4,239,200件(95% UI: 254.97-660.13)で、年齢標準化発症率は54.33/10万人であった。

性別と年齢の差異

すべての年齢層において、男性のMTBI発症率、有病率、およびYLDs率は女性よりも高かった。高齢者層のMTBI負担は他の年齢層よりも顕著に高く、特に低所得国でその傾向が強かった。

結論

世界的に見て、MTBIの年齢標準化発症率、有病率、およびYLDs率は減少しているものの、絶対的な症例数は大幅に増加しており、特に高齢者と男性層においてその傾向が顕著である。転倒と道路交通傷害がMTBIの主要な病因であり、転倒の予防と道路交通施設の改善がMTBI負担を軽減するための鍵となる対策である。さらに、低所得国ではMTBI負担が重く、医療資源の投入と公衆健康教育の強化が急務である。

研究のハイライト

  1. 世界的なMTBI負担の包括的評価:本研究は初めてGBD 2019データを用いて、世界的なMTBIの発症率、有病率、およびYLDs率を包括的に評価し、この分野の空白を埋めた。
  2. 年齢-期間-コーホートモデルの適用:APCモデルを通じて、MTBI発症率の年齢、期間、出生コーホート効果を明らかにし、ターゲットを絞った介入戦略の策定に科学的根拠を提供した。
  3. 病因と性別の差異分析:転倒と道路交通傷害がMTBIの主要な病因であることを明確にし、男性と高齢者層における高い発症率の原因を明らかにすることで、公衆衛生政策の策定に重要な参考資料を提供した。

研究の意義

本研究は、世界的なMTBIの予防と管理に重要な科学的根拠を提供した。MTBIの疫学的特徴と負担の変化傾向を分析することで、政策立案者、医療システム、社会支援機関に対して具体的な介入提案を行い、MTBIが世界的な健康に与える負の影響を軽減するための一助となる。