アジア人の皮膚における色素沈着型基底細胞癌の多波長光音響トモグラフィー画像とレベルセット分割を用いた正確なマッピングの概念実証研究

色素性基底細胞癌の高精度測定における多光スペクトル光音響断層撮影の活用

皮膚がん診断を支える新しい手法:光音響イメージングとレベルセット分割アルゴリズムに基づく研究

近年の地球環境変化や人口の高齢化に伴い、皮膚がんの発生率は年々増加傾向にあります。皮膚がんは、重要な公衆衛生上の課題となっており、代表的な非メラノーマ皮膚がんには、扁平上皮がん(Squamous Cell Carcinoma, SCC)と基底細胞がん(Basal Cell Carcinoma, BCC)が含まれます。その中でも、基底細胞がんは最も一般的であり、米国では毎年約430万件の新たな症例が報告されています。このがんは死亡率こそ低いものの、患者の生活の質や医療資源に対して重大な負担をもたらしています。

基底細胞がんの臨床診断および治療には、いまだ多くの課題が存在します。従来の腫瘍境界評価法は主に組織病理学(histopathology)に依存しています。この方法は正確ではあるものの、バイオプシーのような侵襲的な手術によりサンプルを取得し、多大な時間を要します。また、光学コヒーレンス断層法(Optical Coherence Tomography, OCT)や反射型共焦点顕微鏡(Reflectance Confocal Microscopy, RCM)といった高度な非侵襲的イメージング技術は高い解像度を提供しますが、その組織浸透能力は限定的です(RCMの浸透深度は約200–300 μm、OCTは1–2 mm)。これらの限界により、これらの技術がさまざまな基底細胞がんタイプの臨床的管理に広く適用されるのを妨げています。

このような背景のもと、Xiuting Li氏とValerie Xinhui Teo氏らが中心となった革新的な研究が、多光スペクトル光音響断層法(Multispectral Optoacoustic Tomography, MSOT)とレベルセット分割アルゴリズム(Level Set Segmentation Algorithm)を組み合わせた新手法を提案しました。この手法は、アジア人の皮膚における色素性基底細胞がんを非侵襲的に高精度でマッピングするためのものです。この研究は《European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging》誌に掲載され、シンガポール科学技術研究庁(Agency for Science, Technology and Research, A*STAR)の皮膚研究所とシンガポール国立皮膚センターが共同で実施しました。

研究背景と方法

本研究は、腫瘍境界の動的モニタリング能力の欠如や、現在の光学イメージング手法の浸透深度とコントラストの限界といった問題を解決することを目指しています。光音響イメージングに基づくMSOTに自動化レベルセット画像分割法を開発・統合することで、腫瘍の幅、深さ、体積を正確に測定する手法を提案し、術前の腫瘍マッピングおよび手術計画に基盤を提供しています。

臨床研究の設計

研究はシンガポール国民健康グループ倫理審査委員会(Domain Specific Review Board, DSRB)およびA*STAR倫理審査委員会の承認を受けて実施され(臨床研究番号:2020/00115および2022/00347)、21歳から90歳の患者65名を被験者として募集しました。これらの患者はいずれも非メラノーマ皮膚がんと診断されており、腫瘍切除またはMohs顕微外科術が予定されていました。組織病理学による診断の結果、最終的に色素性基底細胞がん患者30名が研究対象として選ばれました。これらの患者はすべてFitzpatrick分類でIII-IV型の皮膚タイプに分類されています。

研究で使用されたMSOTイメージング装置は、iThera Medical GmbH社製のMSOT Acuityシステムで、手持ち型3Dプローブが付属しています。この装置は680–980 nmの波長範囲をサポートし、最大浸透深度は10 mm、空間分解能は80 μmです。

イメージングおよびデータ収集の手順

  1. 患者イメージング準備:患者の書面による同意取得後、臨床写真と皮膚鏡画像を採取。
  2. MSOTイメージング取得:手持ち型プローブを対象領域に配置し、680–920 nmの波長で光音響信号を収集。酸化ヘモグロビン、脱酸化ヘモグロビン、メラニンをスペクトル分離。
  3. 術後マーキングとサンプル処理:イメージング後に外科用ペンで腫瘍位置をマーキングし、バイオプシーサンプルの正確な位置を確認。
  4. データ処理と分析:採取された光音響データを3D再構築(100×100×100ピクセル)して、さらに分析。

画像処理およびアルゴリズムの開発

前処理

研究では最初に、最大強度投影法(Maximum Intensity Projection)を用いて取得されたMSOT画像を(x-y, x-z, y-z)三次元面に投影し、中値フィルター(Median Filter)でランダムノイズを低減しました。

レベルセット分割アルゴリズム(Level Set Segmentation)

レベルセット法は、連続型Pottsモデルの凸緩和(convex relaxation)を採用し、基底細胞がんの境界を正確に特定およびラベリングしました。このアルゴリズムの主な手順は以下の通りです: 1. レベルセットの曲面を初期化し、光音響画像のコントラスト勾配に基づいて境界の初期分割を算出。 2. 分割曲線を繰り返し最適化し、分割エネルギー関数が最適な結果に収束するまで処理。 3. 分割されたイメージデータを腫瘍形態パラメータ(幅、深さ、体積)の算出に使用。

後処理

分割結果をPythonのRegionprops関数を用いてさらに解析し、腫瘍の幅(最大Feret径)と深さ(副短軸長)を計算しました。また、2Dスライスをベクトル化して3D再構築モデルを生成しました。

統計解析

MSOTによる測定データと、金標準の組織病理学測定値との相関性を評価するため、Pearson相関係数が使用されました。また、誤差範囲(Margin of Error, MOE)は両測定結果の差分として定義され、その平均値および標準偏差はアルゴリズムの一貫性と堅牢性の評価指標とされました。

研究成果

  1. 腫瘍の幅と深さ測定の比較

    • MSOTによる幅と深さの測定値は、組織病理学との間で相関係数はそれぞれ0.84および0.81(p<0.0001)で、強い相関が示されました。
    • 誤差範囲の分析では、対象者の96%で深さの測定誤差が1.5 mm未満に収まりました。
  2. 症例研究と3D再構築

    • 症例36に基づく分割後の3D再構築モデルでは、ノイズが著しく低減され、腫瘍全体積は12.14 mm³と計算されました。
    • グレーレベル共起行列(Gray Level Co-occurrence Matrix, GLCM)分析により、コントラスト(28.46)、不一致度(1.99)、均一性(0.64)などのテクスチャ指標が抽出され、今後の研究に役立つ潜在的な情報が提供されました。
  3. 時間効率

    • イメージングからデータ処理までの全過程は20分で完了し、従来のバイオプシーや組織病理学分析に要する数日と比較して、効率が大幅に向上しました。

議論と意義

  1. 本研究で提案された多光スペクトル光音響イメージングと自動分割法は、従来の検査手法における浸透深度やリアルタイム監視能力の限界を突破しました。
  2. 非侵襲的手法で色素性基底細胞がんのリアルタイム3次元評価を実現し、術前の正確なマッピングや臨床的治療計画に貢献します。
  3. 腫瘍の幅、深さ、体積といった多次元測定の重要性が強調され、病理学研究の包括性が一層高まりました。
  4. テクスチャ解析と光音響スペクトルの組み合わせは、腫瘍微小環境(炎症や血管新生など)特性の探求に可能性を示しています。

展望と結論

本研究は、MSOTとレベルセット分割アルゴリズムの有効性を実証することで、ユーザーフレンドリーで正確な腫瘍境界測定法を提供するとともに、皮膚イメージング診断に新たな視点を開きました。今後、機械学習モデルとの統合を通じて、アルゴリズム性能の最適化や、非色素性腫瘍の分割や複雑な臨床シナリオへの適用範囲の拡大が期待されます。

この画期的な研究は、腫瘍動態モニタリングにおける光音響イメージングの無限の可能性を示し、個別化医療と迅速診断の基盤を構築しました。これは皮膚がん検査技術の重要なマイルストーンであり、将来の精密医療の発展に貴重な指針を提供するものです。