PICUに入院した小児の心拍数と体温の関係 - 機械学習アプローチ

小児集中治療室における心拍数と体温の関係に関する機械学習研究

学術的背景

集中治療室(PICU)において、心拍数(HR)と体温(BT)は患者の生理状態を反映する重要な臨床指標です。成人における心拍数と体温の関係は広く研究されていますが、特にPICUのようなハイリスク環境での小児群、特に0歳から18歳までの年齢層における研究は依然として限られています。小児患者の生理的特徴は成人とは大きく異なり、年齢とともに心拍数が減少し、体温の変化が心拍数に影響を与えることが知られています。しかし、従来の線形モデルでは、異なる体温範囲や年齢層で心拍数を予測する際に制約があり、しばしば過小評価や過大評価が生じます。したがって、心拍数、体温、年齢間の複雑な関係を探ることは、PICUにおける臨床意思決定の改善に重要です。

論文の出典

本論文はÉmilie LuThanh-Dung LePhilippe Jouvet、およびRita Noumeirによって共同執筆され、それぞれÉcole de Technologie SupérieureUniversity of LuxembourgCHU Sainte-Justine Hospitalに所属しています。この研究は2024年にIEEE Transactions on Biomedical Engineeringに掲載され、Natural Sciences and Engineering Research Council (NSERC)およびFonds de la Recherche en Santé du Québec (FRQS)から部分的に資金提供を受けました。

研究フロー

1. データ収集

研究データは、2018年8月から2022年10月までの期間、CHU Sainte-Justine HospitalのPICUから取得されました。研究には、0歳から18歳までの4007人の小児患者が含まれ、PICU滞在中の心拍数と体温データが収集されました。体温データは30秒ごとに記録され、同時に2〜4時間ごとに手動測定も行われました。心拍数データは心電図(ECG)またはパルスオキシメーターを使用して毎秒1回の頻度で継続的にモニタリングされました。データの正確性を確保するため、体外式膜型人工肺(ECMO)、ペースメーカー使用中、またはベルリンハートサポートを受けている患者は除外されました。

2. データ前処理

モデルの正確性を確保するため、データ前処理は重要なステップであり、以下の手順が含まれています: - 運動データの排除:患者の運動状態を評価するために、Cornell Assessment of Pediatric Delirium (CAPD)COMFORT-BFLACCなどの尺度を使用し、患者の動きや興奮によるデータを除外しました。 - 体温の標準化:腋窩体温データを直腸体温と一致するように調整し、データの一貫性を確保しました。 - 薬物の影響の排除:心拍数に影響を与える薬物(例:β遮断薬、ドーパミンなど)の投与期間中のデータを除外しました。 - 心拍数中央値の計算:毎秒記録された心拍数データを1分ごとの中央値に集約し、データ量を削減しました。 - 心拍数と体温の関連付け:心拍数と体温データを10分間のウィンドウ内で関連付け、データの同期性を確保しました。 - 極端値の排除:心拍数が30 bpm未満または240 bpmを超える極端値、および体温が30°C未満または43°Cを超えるデータを除外しました。 - 体温のグループ化:体温データを33°Cから40.9°Cまで1°C間隔でグループ化しました。 - 単一観測値の保持:各患者について、1°Cの体温範囲ごとに中央値に最も近い観測値を1つ保持し、データのバランスを確保しました。

3. 機械学習モデリング

心拍数、体温、年齢間の関係を捉えるために、さまざまな機械学習(ML)およびディープラーニング(DL)モデルを採用しました。主な手法は次の通りです: - 線形回帰モデル:単純線形回帰(LR)、多変量線形回帰(MLR)、サポートベクターマシン(SVM)など、伝統的な線形仮説を検証するために使用しました。 - 分位点回帰(QR):勾配ブースティングマシン(GBM)、ランダムフォレスト(RF)、再帰型ニューラルネットワーク(RNN)などのモデルと組み合わせて、非線形および複雑なパターンを捉えました。 - 勾配ブースティングマシン(GBM):反復的に決定木モデルを最適化し、予測誤差を段階的に減少させる手法で、非線形関係を捉えるのに適しています。 - ニューラルネットワークモデル:時系列データや複雑な関係を扱うために、多層パーセプトロン(MLP)、長短期記憶ネットワーク(LSTM)などを含んでいます。

4. モデル評価

線形モデルの性能評価には決定係数(R-squared, R²)平均二乗誤差(MSE)を使用し、分位点回帰モデルでは分位点損失(Quantile Loss)を使用しました。研究では、グリッドサーチと早期停止技術を用いてハイパーパラメータのチューニングを行い、モデルの最適な性能を確保しました。

主要な結果

1. 心拍数と年齢の関係

研究結果によると、心拍数は年齢とともに減少する傾向があり、これは小児高度救命処置(PALS)データと一致しています。例えば、新生児の心拍数範囲は85〜205 bpmであるのに対し、青年期の心拍数範囲は60〜100 bpmです。

2. 心拍数と体温の関係

研究では、心拍数が体温の上昇とともに増加することがわかりました。線形モデルは低温範囲で心拍数を過小評価し、高温範囲で過大評価する傾向があり、特に幼児で顕著でした。分位点回帰と勾配ブースティングマシン(GBM)を組み合わせたモデルは最高の性能を示し、心拍数と体温の間の非線形関係をより正確に捉えることができました。

3. モデルの性能

GBMモデルは分位点回帰において最低の分位点損失(Quantile Loss)を示し、心拍数と体温の関係を予測する際の高い精度と堅牢性があることを示しました。一方、従来の線形モデル(例:LR、SVM)は心拍数の変動を説明する能力が低く、R²値は0.3145〜0.3576に留まりました。

結論と意義

本研究は、心拍数、体温、年齢の間の関係が単純な線形関係ではないことを明らかにし、従来の線形モデルがPICU環境で制約があることを示しました。分位点回帰や勾配ブースティングマシンなどの高度な機械学習技術を導入することで、これらの生理学的指標間の複雑なダイナミクスをより正確に捉えることができました。これにより、臨床意思決定に役立つ信頼性の高い予測ツールを提供するだけでなく、小児集中治療における今後の研究にも新たな方向性を切り開きました。さらに、臨床医が患者の年齢と体温に基づいてリアルタイムで心拍数を予測できるユーザーフレンドリーなインターフェースを開発しました。

研究のハイライト

  1. 非線形関係の解明:本研究は初めてPICU環境における心拍数と体温の非線形関係を明らかにし、従来の線形仮説に挑戦しました。
  2. 高度な機械学習モデルの適用:分位点回帰や勾配ブースティングマシンなどの高度なアルゴリズムを導入し、予測の精度と堅牢性を大幅に向上させました。
  3. 臨床応用価値:リアルタイムで臨床意思決定を支援する機械学習ベースの予測ツールを開発し、PICU患者のケア品質を向上させました。

今後の研究方向

今後の研究では、モデルの汎化能力をさらに検証し、より多くの患者群や臨床シナリオをカバーするためにデータセットを拡張することができます。また、呼吸数や血圧などの他の生理学的指標が心拍数に与える影響や、心拍数と体温の関係における性別差の役割についてもさらなる研究が必要です。