呼吸表面筋電図の電極位置の定量的比較

呼吸表面筋電図の電極位置に関する定量的比較研究

学術的背景

呼吸表面筋電図(Surface Electromyography, SEMG)は、非侵襲的な技術であり、呼吸筋の筋電活動を記録するために使用され、呼吸努力、患者と人工呼吸器の非同期性、および呼吸訓練の分析に広く応用されています。しかし、標準化された電極配置が欠如しているため、異なる研究間で使用される位置や設定に大きなばらつきがあり、これにより結果の比較可能性が制限され、臨床応用の進展も妨げられています。したがって、最適な電極位置を決定することは、呼吸SEMGの臨床での受け入れ度を高めるために重要です。本研究は、片側および両側バイポーラ導出の性能を定量的に比較し、呼吸SEMGの標準化に関する科学的根拠を提供することを目指しています。

論文の出典

本論文はAndra Oltmann、Jan Graßhoff、Nils Lange、Tobias Knopp、Philipp Rostalskiによって共同執筆され、著者たちはすべてドイツのフラウンホーファー研究所(Fraunhofer IMTE)およびリューベック大学(University of Lübeck)に所属しています。この研究は2023年に欧州地域開発基金、ドイツ連邦政府、およびシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州からの助成を受け、『IEEE Transactions on Biomedical Engineering』誌に掲載されました。

研究フロー

研究対象

研究には20名の健康な成人(男性10名、女性10名)が含まれ、年齢範囲は26歳から30歳で、身体質量指数(BMI)は50 kg/m²未満でした。すべての被験者は研究前に同意書に署名し、研究プロトコルはリューベック大学倫理委員会の承認を得ました。

電極の配置

研究では64個のゲル電極(Kendall H124SG)を使用し、解剖学的ランドマークに基づいた電極配置スキームに従って配置されました。電極の位置には中腋窩線(Midaxillary Line, MAL)、前腋窩線(Anterior Axillary Line, AAL)、鎖骨中線(Midclavicular Line, MCL)、および胸骨傍線(Parasternal Line, PSL)が含まれます。電極間距離は25ミリメートルで、横隔膜および肋間筋の活動領域をカバーしました。さらに、12誘導心電図(ECG)電極と一対の胸鎖乳突筋電極も配置されました。

信号の取得

TMSI SAGA 64+アンプを使用して64チャンネルの単極SEMG信号を記録し、サンプリング周波数は2000 Hzでした。同時に、Biopacシステムを使用して気道流量と圧力データを測定し、マイクロコントローラーを通じて信号の同期を行いました。

研究プロトコル

研究には次の3つの呼吸タスクが含まれました:
1. 安静時呼吸:300秒間継続し、追加負荷なし。
2. 最大吸気圧(MIP)テスト:5回の最大吸気努力を行い、全体的な呼吸筋力を評価。
3. 抵抗呼吸:MIPの20%の抵抗で15回の深呼吸を実施。

信号処理

信号処理には次のステップが含まれています:
1. 気道圧力と流量信号に対して100ミリ秒移動平均フィルターを使用して平滑化。
2. Pan-Tompkinsアルゴリズムを使用してECGのR波位置を検出。
3. バターワース帯域除去フィルターを使用して電源ノイズを除去。
4. ウェーブレットノイズ除去アルゴリズムに基づいて心臓ノイズを除去。
5. 単極または双極導出の信号エンベロープを計算。

データ解析

研究では、電極導出を定量的に比較するため、次の3つのパフォーマンス指標を使用しました:
1. SNRbase(信号対雑音比):吸気筋活動とベースラインノイズの比率。
2. SNRexp(呼気筋活動信頼比):吸気筋活動と呼気筋活動の比率。
3. SNR EMG-ECG(ECG干渉信頼比):R波パワーと吸気筋活動パワーの比率。

主要な結果

横隔膜活動

  1. 両側導出の優位性:特に肋骨縁から2.5cm離れた位置にある両側MCL導出は、すべてのパフォーマンス指標で最高の結果を示しました。
  2. 片側導出の劣位性:片側導出のSNRbaseおよびSNRexp値は両側導出よりも有意に低く、ECG干渉も小さかったです。
  3. 最適な導出位置:横隔膜活動の測定において、MCL導出が最も優れており、MALおよびAAL導出のパフォーマンスは劣っていました。

肋間筋活動

  1. 両側PSL導出の優位性:第2肋間隙の位置にある両側PSL導出が最高のパフォーマンスを示しました。
  2. 電極位置の柔軟性:臨床ニーズに応じて、胸骨傍線付近で電極を移動させることができます。
  3. 片側導出の劣位性:片側導出のSNRbaseおよびSNRexp値は両側導出よりも低かったです。

結論

本研究では、異なる電極位置を定量的に比較し、横隔膜活動の測定には肋骨縁から2.5cm離れた両側MCL導出を、肋間筋活動の測定には第2肋間隙にある両側PSL導出を使用することが推奨されています。これらの結果は、呼吸SEMG測定の標準化に重要な基盤を提供し、この技術の臨床における受容度と応用価値を向上させるのに役立ちます。

研究のハイライト

  1. 体系的な比較:横隔膜および肋間筋活動測定における片側および両側導出のパフォーマンスを初めて体系的に比較。
  2. 定量的指標:信号品質に対する電極位置の影響を包括的に評価するため、3つのパフォーマンス指標を導入。
  3. 臨床応用価値:呼吸SEMGの標準化に関する科学的根拠を提供し、この技術の臨床応用を促進。

その他の情報

研究では、臨床実践における電極位置の柔軟性が重要であることがわかりました。特に、患者の胸壁が制限されている場合や手術による損傷がある場合に有用です。また、研究結果は、ECG干渉の程度を電極位置の調整によって最適化できることを示唆しています。