Hippo-Yap/Taz 信号を通じて脂肪の可塑性とエネルギーバランスを脂肪量から逸脱したレプチン発現に結びつける
ヒッポ-YAP/TAZ 経路による脂肪組織の可塑性と全身エネルギー平衡の調節
脂肪組織はエネルギー貯蔵庫であるだけでなく、内分泌器官としても機能しています。しかし、これらの機能を調節するメカニズムは明らかになっていませんでした。本研究では、転写共役調節因子YAP及びTAZが、脂肪組織の質量とレプチン濃度の解離を介して、代謝恒常性を維持し、脂肪細胞の可塑性を制御することを明らかにしました。 LATS1及びLATS2上流制御因子を脂肪細胞特異的に欠失させることで、YAP/TAZ経路を活性化させると、成熟脂肪細胞がデ脂肪化し無脂肪様の細胞へと転換しますが、脂肪代謝機能は維持されることが分かりました。この際、循環レプチン濃度は上昇するものの、脂肪組織消耗に伴う代謝障害は引き起こされませんでした。機構的には、YAP/TAZ-TEAD経路がレプチン遺伝子上流エンハンサーに直接結合し、その発現を制御していました。さらに、絶食・再給餌状態においてYAP/TAZはレプチン産生調節に必須の役割を果たしていました。
本研究は、韓国のKAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)の研究チームにより行われ、2024年5月にNature Metabolismに発表されました。コミュニケーティングオーサーは、Daesik LimとJinsuk Suhです。
背景
脂肪組織は代謝器官と内分泌器官の両方として機能し、トリアシルグリセロールの形でエネルギーを貯蔵するとともに、レプチンなどの脂肪因子を分泌して全身のエネルギー均衡を制御しています。肥満関連の代謝症候群では、エネルギー貯蔵機能の障害により余剰エネルギーが末梢組織に溢れ、脂肪肝、高血糖、インスリン抵抗性などの代謝疾患を引き起こします。一方、脂肪組織の欠損による脂肪萎縮症も重篤な糖尿病表現型を示します。最近の研究で、脂肪組織の内分泌機能を回復させる代替療法により、脂肪萎縮症関連の代謝障害が改善されることが示されています。循環レプチン濃度は一般に脂肪組織量に比例するとされていますが、脂肪組織量とレプチン発現を連動させる分子機構は不明でした。
Hippo経路は組織特異的転写因子と協調して、臓器サイズと細胞タイプ特異的機能を調節します。YAP及びTAZはHippo経路の下流エフェクターであり、リン酸化状態によりその活性が決定されます。上流キナーゼLATS1/2はYAP/TAZを直接リン酸化し、細胞質に留め降解させますが、LATS1/2欠損により活性化したYAP/TAZは核内に移行し、転写共活性化または共抑制因子として機能します。脂肪細胞生物学においては、TAZが脂肪生成の鍵となるPPARGを抑制することで、脂肪生成を抑制することが知られていました。しかし、成熟脂肪細胞においてはYAP/TAZは必須ではないとされていました。一方で、高脂肪食誘導肥満マウスモデルではTAZ欠損がPPARG活性の増加とインスリン抵抗性の低下をもたらすことから、成熟脂肪細胞におけるYAP/TAZの役割が示唆されていました。
方法
本研究では、脂肪細胞特異的LATS1及びLATS2ノックアウト(AKO)マウスを用いました。LATS1 fl/fl;LATS2 fl/flマウスをAdipoq-Creマウスと交配することで作製しました。AKOマウスではLATS1/2の発現が顕著に低下し、YAP/TAZ標的遺伝子CCN1及びCCN5の発現が有意に上昇していました。また、腹部白色脂肪組織(IWAT)においてYAP及びTAZが核内に局在し、活性化していることが確認されました。
in vivoの解析に加え、脂肪細胞系統トレース実験、Rosa-LSL-tdTomatoマウスを用いたリネージトレース、4-ヒドロキシタモキシフェン処理脂肪細胞や一次脂肪細胞の解析、単一細胞RNA-seqによる解析など、包括的な体外検証系を用いて検討を行いました。
結果
脂肪細胞YAP/TAZ活性化は著しい脂肪組織消耗をもたらす
対照群と比較して、AKOマウスのIWATは明らかに小さく、PBSに浮かなくなりました。組織学的検査では、IWATの脂肪滴含量が著しく減少し、脂肪細胞マーカー遺伝子の発現も低下していました。この表現型がYAP/TAZ活性化に起因するものであることを確認するため、脂肪細胞特異的LATS1、LATS2、YAP1、WWTR1(TAZ)四重欠損マウス(Quad AKO)を作製しました。Quad AKOマウスではAKOマウスの脂肪組織消耗表現型が回復したことから、YAP/TAZがLATS1/2欠損による脂肪萎縮に必須であることが示されました。
PPARGアゴニストはYAP/TAZ誘導性脂肪萎縮を改善する
LATS1/2欠損により脂肪細胞が前駆細胞マーカーを獲得しましたが、再分化能は保持されていました。PPARGアゴニストであるロシグリタゾンを投与すると、脂肪細胞特異的LATS1/2ノックアウトマウスの脂肪組織の大きさと質量が顕著に回復し、脂肪細胞マーカー遺伝子の発現が回復しました。つまり、LATS1/2欠損による脂肪萎縮は再分化過程により改善可能でした。
脂肪萎縮AKOマウスは代謝障害を示さない
脂肪組織量が顕著に減少していたにもかかわらず、AKOマウスでは典型的な脂質代謝障害は認められませんでした。さらに、13C標識パルミチン酸と2H標識グリセロールを用いた代謝フラックス解析から、これらのマウスでは脂肪分解、パルミチン酸回転、脂肪酸酸化が亢進していることが明らかになりました。したがって、エネルギー消費と脂肪酸化の亢進がAKOマウスを脂肪組織消耗関連の代謝障害(脂肪肝や糖耐能異常など)から保護していることが示唆されました。
YAP/TAZ活性化は脂肪量とレプチン濃度の連関を解離させる
驚くべきことに、脂肪組織がほぼ完全に消失していたにもかかわらず、AKOマウスの血清レプチン濃度は対照群の15倍に上昇していました。誘導脂肪細胞特異的LATS1/2ノックアウトマウスの解析から、YAP/TAZがレプチン遺伝子の転写を直接制御していることが分かりました。さらに、機能的なレプチン遺伝子を欠損したAKOマウス(Adipoq-CreER;Lats1fl/fl;Lats2fl/fl;Lepob/ob)の代謝表現型を解析したところ、レプチンが脂肪萎縮マウスの代謢障害を防ぐ上で重要な役割を果たしていることが確認されました。
YAP/TAZはレプチン転写を直接制御する
コンスティチューティブ活性型TAZ4SA変異体の発現や、YAP-FLAG ChIP-Seqの解析から、YAP/TAZがTEAD結合配列を介してレプチン遺伝子のエンハンサーに直接結合することが実証されました。さらにLuciferase アッセイでも、TEAD結合配列がTAZによるレプチン遺伝子発現誘導に必須であることが確認されました。最後に、高脂肪食や絶食・再給餌などの生理的状況下でのYAP/TAZの応答を解析し、レプチン遺伝子制御におけるYAP/TAZの役割が実証されました。
総括と重要性
本研究では、成熟脂肪細胞においてYAP/TAZが、YAP/TAZ-TEAD経路を介した全身のエネルギー消費亢進(レプチン発現誘導)とYAP/TAZ-PPARG経路を介した脂肪組織量減少(PPARG標的遺伝子抑制)の2つの相反する機能を有することを明らかにしました。これにより、Hippo-YAP/TAZ経路が脂肪組織の機能と全身のエネルギー均衡の制御に重要な役割を果たすことが示されました。本研究の知見は、脂肪組織量を恒常的に減少させる治療的介入の開発につながると期待されます。