ナノポアシーケンシング技術を用いた陽性血液培養からの病原体同定と抗菌剤耐性予測

流血感染の病原体特定と抗菌薬耐性予測におけるナノポアシーケンシング技術の応用研究

学術的背景

血流感染(Bloodstream Infection, BSI)は、血液培養陽性結果と全身性感染の症状を基に診断される重篤な臨床疾患です。血流感染は細菌、真菌、ウイルスなど複数の病原体によって引き起こされ、全世界的に発生率が増加しています。抗菌薬の広範な使用に伴い、多剤耐性(Multidrug-Resistant, MDR)微生物の出現が問題となり、血流感染の治療はさらに複雑で困難になっています。従来の病原体特定および抗菌薬感受性試験(Antimicrobial Susceptibility Testing, AST)には通常2~5日程度かかり、患者治療の遅延を引き起こす可能性があります。

近年、Accelerate PhenoTest BCシステムやQ-linea ASTarシステムなどの迅速AST機器が登場し、検査にかかる時間を6~7時間程度に短縮しましたが、これらの機器は疫学情報提供において依然として制約があります。一方、ゲノムシーケンシング技術は、特にナノポアシーケンシング(Nanopore Sequencing)が注目されており、長いDNAやRNA断片をリアルタイムで解析できるため、病原体特定および抗菌薬耐性(Antimicrobial Resistance, AMR)遺伝子の型付けに大きな可能性を秘めています。しかし、血液培養サンプルにおける人間DNAの高い存在量のため、病原体の検出効率が低下し、その直接応用には制約がありました。

この課題に対処するために、オックスフォード・ナノポア・テクノロジーズ社(Oxford Nanopore Technologies, ONT)は適応型サンプリング(Adaptive Sampling)技術を導入しました。この技術は測定中に人間DNAをリアルタイムで除去することで、病原体の検出効率を高めることが可能です。本研究では、ナノポアシーケンシングと適応型サンプリング技術を組み合わせ、血流感染の病原体特定および抗菌薬耐性予測における実現可能性と性能を評価し、その臨床的応用の可能性を探りました。

論文情報

この論文は、Po-Yu LiuHan-Chieh WuYing-Lan LiHung-Wei ChengCi-Hong LiouFeng-Jui ChenYu-Chieh Liaoの各氏によって執筆されました。これらの著者は台湾の台中栄民総病院、台湾国家衛生研究所、台湾陽明交通大学などの機関に所属しています。この研究は、2024年にGenome Medicine誌に発表され、「Comprehensive pathogen identification and antimicrobial resistance prediction from positive blood cultures using nanopore sequencing technology」というタイトルで発表されました。


研究の流れと手法

サンプル収集と従来型検査

研究では台湾中部地区の血流感染患者から458件の陽性血液培養サンプルを収集しました。これらのサンプルは全てBD BACTEC™ FXシステムで培養され、MALDI-TOF VITEK MS(生物メリエ社)を使用して病原体を特定し、抗菌薬感受性試験はVITEK 2システムで実施されました。また、細菌DNA汚染の背景レベルを評価するために、陰性対照として6件の血液培養サンプルも追加しました。

DNA抽出とナノポアシーケンシング用ライブラリー調製

各陽性血液培養サンプルからDNAを抽出し、Qiagen社のQIAamp Biostic Bacteremia DNA Kitを使用しました。抽出は、QIAcube Connect自動化システムで実施されました。抽出したDNAを用いて、ONT Rapid Barcoding Kit 96を使用してシーケンシングライブラリーを構築し、GridION SpotONフローセル(R9.4.1)で測定を行いました。測定中に適応型サンプリングモードを有効化し、人間DNA除去を行いました。

バイオインフォマティクス解析

本研究では、測定データを解析するためのバイオインフォマティクス解析プロセスを開発しました。Centrifuge 1.0.4を使用して測定データを分類し、Flye 2.9.2を用いてゲノムアセンブリを実施しました。抗菌薬耐性予測にはResFinder 4.3.2およびPointFinderを使用しました。また、多重感染サンプルを検証するために、PacBio Sequel IIeシステムを用いたフルレングス16S rRNAシーケンシングも実施しました。


主な研究結果

病原体特定

研究では、以下の76種類の病原体が特定されました: - 大腸菌(Escherichia coli):88件 - 肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae):74件 - 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus):43件 - 真菌(Candida spp.):9件

ナノポアシーケンシングは単一微生物感染だけでなく、複数微生物感染23件も正確に検出し、これらの感染はフルレングス16S rRNAシーケンシングによってさらに検証されました。

抗菌薬耐性予測

改良版ResFinderデータベースを使用した結果、単一微生物感染における抗菌薬耐性予測では、分類一致率が90%以上(3799/4195)であることが判明しました。この中で肺炎桿菌と黄色ブドウ球菌に対して、非常に低いエラー率(それぞれ1.1%)が確認されました。


結論

研究の結果、ナノポアシーケンシングと適応型サンプリング技術を組み合わせることで、陽性血液培養サンプルから直接、迅速に病原体を特定し、抗菌薬耐性を予測することが可能であることが示されました。この技術は、血流感染の迅速な診断と治療における革命的なツールとして役立つことが期待されます。また、この技術は、抗菌薬の管理戦略の向上や患者の治療成果の改善にも寄与する可能性があります。


研究のハイライト

  1. 迅速な病原体特定:ナノポアシーケンシングにより1時間以内に病原体特定を実現し、15時間以内に抗菌薬耐性予測を提供しています。
  2. 複数病原体感染の検出:当該技術は複数微生物感染の検出に有効であり、複雑な感染症例に対して新たな診断の可能性を提供します。
  3. 高精度な抗菌薬耐性予測:改良されたデータベースによって、主要病原体の耐性予測において高い精度を達成しました(エラー率1.1%未満)。
  4. 臨床的応用の可能性:この技術の迅速性と正確性により、血流感染の早期診断や抗菌薬管理分野において幅広い応用が期待されます。

研究意義と価値

本研究は、血流感染の病原体特定と抗菌薬耐性予測におけるナノポアシーケンシング技術の大きな可能性を示しました。本技術は、人間DNAをリアルタイムで除去しつつ、病原体の検出効率を向上させ、迅速かつ正確な診断情報を臨床に届けるために設計されています。抗菌薬の最適利用を支援し、耐性の進展を抑えるとともに、患者ケアの質の向上と医療コストの削減にも貢献することが期待されます。今後、ナノポアシーケンシング技術がさらに発展し、コストが削減されるにつれて、その臨床診断分野での応用はますます広がるでしょう。


その他注目ポイント

研究では、この技術を既存の迅速AST機器と比較し、病原体特定範囲の広さやゲノム情報提供能力の優位性を指摘しています。また、本技術を臨床ワークフローに統合するための実際的な考慮事項(コスト、従業員トレーニング、規制承認など)についても議論されています。

本研究は、血流感染の診断と治療に対する新たなツールとアプローチを提供しており、科学的および臨床的に大きな価値を持っています。