低出力非温熱経頭蓋集束超音波刺激による本態性振戦の持続的な軽減

神経調整の概念図

低出力無熱経頭蓋集束超音波刺激によるヒトにおける本態性振戦発作の持続的減少

研究背景

本態性振戦(Essential Tremor, ET)は最も一般的な神経疾患の一つであり、主に両側上肢の動作性振戦が3年以上持続することが特徴です。薬物治療が効果的でない本態性振戦に対しては、深部脳刺激(Deep Brain Stimulation, DBS)や切除術などの神経外科的治療手段が用いられます。しかし、DBSは侵襲性があり、空間的特異性も限定的であるため、より正確で副作用の少ない治療法の探求が急務となっています。

近年、経頭蓋超音波刺激(Transcranial Ultrasound Stimulation, TUS)は非侵襲的な脳刺激技術として、頭蓋骨の歪みを補正することで、ミリメートル単位の精度で位置を特定できるようになり、DBSに関連する侵襲的手術手順を回避し、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation, TMS)の空間的特異性の限界を克服することができます。本研究では、MR誘導の低出力TUSが薬物難治性の本態性振戦患者において振れ幅の持続的減少を誘導できると仮定しています。

論文の出典

この論文は、タイトルが『Sustained Reduction of Essential Tremor with Low-Power Non-Thermal Transcranial Focused Ultrasound Stimulations in Humans』であり、著者はThomas Bancel、Benoît Béranger、Maxime Danielなどで、Physics for Medicine Paris、Insightec、ICM-Paris Brain Instituteなどの著名な研究機関からの寄稿です。この論文は2024年の『Brain Stimulation』誌に掲載され、2024年5月9日にオンラインで公開されました。

研究の流れ

研究方法

  1. 患者の選定と倫理審査:

    • 全患者(9名)はULTRABRAIN研究(ClinicalTrial.gov番号:NCT04074031)に参加し、倫理委員会の承認を受けました。
    • 患者は書面によるインフォームドコンセントを行い、神経刺激研究後直ちに視床切除術を受けました。
  2. 運動評価:

    • Fahn、Tolosa、Marinによる振戦臨床評価尺度(Clinical Rating Scale for Tremor, CRST)を使用して、ベースラインの振戦を評価しました。
    • 両手背部に3D MR対応の加速度計を取り付け、標準的な振戦姿勢で振戦の重症度を評価しました。
  3. 解剖学的定位:

    • 3TシーメンスPrisma磁気共鳴画像システムを用いて解剖および拡散テンソル画像(Diffusion Tensor Imaging, DTI)シーケンスを取得し、Guillot Atlasに基づいてVIMおよびDRTの解剖学的ターゲットを神経外科医が定位しました。
  4. 神経調整プロトコル:

    • Insightec Exablate Neuro装置を用いて低出力超音波を作用させ、装置は半径15 cm、1024エレメントのアレイを含み、各患者の支配手に対してターゲット操作を行いました。
    • 異なる超音波刺激モードをテストし、モード1、高デューティサイクルモード2、および低デューティサイクルモード3、4を含め、それぞれの振戦ターゲット領域での神経調整効果を探りました。
  5. 振戦データの収集と分析:

    • 各刺激の前後で振戦データを記録し、カスタムのMATLABソフトウェアを使ってデータ分析を行い、刺激前後の振戦パワーの変化を特定しました。

研究結果

  1. 全体的な振戦パワーの変化:

    • VIM神経刺激と低デューティサイクル(5%)DRT刺激の組み合わせにより、4人の患者で振戦パワーが顕著に減少し、その減少幅は最大で89.9%に達しました。
    • 単独のVIM低デューティサイクル(5%)刺激の患者では、振戦減少率が最大で93.4%に達しました。
    • 4人の患者には反応がありませんでした。
    • ターゲット領域の温度はわずかに37.2 ± 1.4°Cまで上昇しただけで、顕著な熱効果は見られませんでした。
  2. 統計分析:

    • 大多数の患者で特定の超音波刺激モードによる振戦パワーの顕著な減少が見られ、これらの変化には患者間で個人差がありましたが、全体のデータは適切な超音波パラメータと定位を用いることで振戦が顕著に改善する可能性を示しています。

研究の結論と価値

この実験的臨床研究を通じて、MR誘導の低出力TUSが本態性振戦の減少において実現可能性と有効性を持つことが証明されました。研究結果は、TUSを用いることで短時間で振戦パワーを大幅に減少させることができ、その効果は一部の患者で数分、最長で30分間持続することを示しています。この研究は、将来の非侵襲的手段による本態性振戦の治療の基礎を築き、TUSの神経調整分野における応用に新たな視点を提供しました。

研究の特徴

  1. 革新性と独自性:

    • 本研究は、臨床的に低出力、非熱性TUSが本態性振戦に顕著な制御効果を持つことを初めて証明し、今後の研究と臨床応用に新たな方向性を提供しました。
  2. 正確なターゲティング:

    • 先進的なMRイメージング技術と正確な超音波ターゲティング装置を駆使し、高精度の振戦ターゲット定位を実現したことで、伝統的なTMSおよびDBSに比べて明確な優位性を持ちます。
  3. 非熱的メカニズム:

    • 本研究では、TUSの振戦改善効果が温度上昇によるものではなく、その主な作用メカニズムが非熱効果にあることを支持しており、TUSが安全性および制御性で明確な優位性を持つことを示しています。
  4. 今後の研究方向:

    • 本研究は、TUSが深部脳構造に関連する疾患において幅広い神経調整応用に可能性を開くことを示唆しています。今後の研究では、異なる超音波パラメータが振戦制御効果に与える影響を詳しく探求し、比較研究を導入して研究結果をさらに検証し、改善することが求められます。

この論文を通じて、TUSが神経科学分野で持つ巨大な潜在力を見せており、今後のさらなる科学研究によりそのメカニズムおよび応用価値が深く探求されることを期待しています。