発作開始時およびヒトにおける発作の広がりの間に異なる皮質層の関与

多チャンネルECOG研究模式

てんかん発作の開始と伝播過程における皮質階層の差異研究

てんかんは生活質に大きな影響を及ぼす神経系の疾患であり、全体の約1%の人口に影響を及ぼしています。全体のてんかん患者のうち、約3分の1は薬物治療に反応せず、これを薬物に抵抗性のあるてんかんと呼びます。これらの患者に対しては、最も効果的な治療法は、手術によりてんかん発作の起源区域(Ictal or seizure onset zone)、すなわち脳のてんかんを生み出し、伝播させる領域を除去したり破壊したりすることです。したがって、てんかん発作の起源区域を正確に特定することは、効果的なてんかん手術を行うための鍵となります。数十年にわたる研究の進歩にもかかわらず、科学者はまだ脳のてんかん発作と、その発生と伝播の神経細胞マイクロサーキットのメカニズムを完全に理解していません。

研究の背景と動機

てんかん発作の発生と伝播のメカニズムは、神経科学において長年の未解決の問題であった。従来の研究では、脳内電極を用いててんかん発作を長期間記録し、局所チャンネル電位や広範祖神経細胞の活動をモニタリングすることで病理的ネットワークを特定する事に主に焦点を当てていました。したがって、最近の研究では、特にてんかん発作の微小回路メカニズムについての新たな研究が注目を集めています。

研究の主要な動機は、既存の研究がてんかんの病理的活動についての大規模な神経細胞ネットワークレベルでの深い洞察を提供しているにもかかわらず、細胞や小回路要素がてんかん発作の生成と伝播の過程で果たす役割についての深い理解が欠けているという事実にあります。新たな電極の技術進歩により、個々の神経細胞や小範囲の神経細胞の活動を記録することが可能となり、特に層状電極を用いてグレー物質層を透過して各皮質領域の神経活動を記録することが可能となりました。そこで、本研究では、この層状電極を使用して、てんかん発作の発生と伝播のメカニズムの理解を深めることを目指しています。

論文の提供元

この研究論文は、Pierre Bourdillon、Liankun Ren、Mila Halgrenら多くの研究者によって共同で作成されました。著者たちはMassachusetts General Hospital and Harvard Medical School (USA)、Hospital Foundation Adolphe de Rothschild (フランス)、Xuanwu Hospital, National Center for Neurological Disorders (中国)など、世界的に有名な研究機関から来ています。論文が公表されたのは2024年5月10日の「Nature Communications」誌でした。

研究プロセスと実験デザイン

本研究では、著者は層状の微電極を用いて10名のてんかん患者のてんかん発作過程を記録し、合計で30回のてんかん発作が記録されました。発作の開始地と伝播地にある電極からの記録データは詳細に分析され、発作の過程で皮質各層がどのように関わるかを明らかにしました。

a) 研究の流れと詳細

  1. 被験者の選択と電極の挿入:本研究では、薬物に抵抗性がある局発性てんかんを持つ10名の患者(女性2名、男性8名)を選出しました。これらの患者は、術前評価の一環としてビデオ脳波図(EEG)を収録しています。患者はMassachusetts General Hospital and Brigham and Women’s Hospital、New York University Medical Center、及びNational Institute of Clinical Neurosciencesから参加しました。

  2. てんかん発作の記録と位置特定:総計で30回のてんかん発作を記録し、そのうちの17つの層状電極のうち5つがてんかん発作の開始地点に位置していました。局所場電位(LFP)と多単位活動(MUA)を用いててんかん発作を記録し、てんかん放電源域と伝播域を識別しました。

  3. データ処理とCSD分析:電極の記録により、一人ひとりの患者の局所場電位データが前処理されました。また、電流源密度(CSD)測定を用いてデータを分析し、てんかん放電が皮質各層でどのような流れを持ち、その行方を時空を通じて分析しました。

  4. MUAの分析:LFPとは別に、多単位活動データを分析し、皮質各層の神経細胞の活動を探りました。

  5. 独立成分分析(ICA)の使用:ICAを利用してCSDパターンを分解し、てんかん放電の生成パターンを識別し、発作過程でのその動的変化を分析しました。

b) 主な研究結果

  1. CSD測定結果:発作の発源地では放電が主に顆粒層とその下の顆粒層で発生し、一方伝播地では放電が主に上顆粒層に集中していました。発作過程で、発源地の放電パターンは顆粒層とその下の層に固定され、一方、伝播地の放電は時間とともに深い皮質層にまで広がっていきました。

  2. MUAの進化パターン:発作の初期段階では、発源地の神経細胞の放電は主に深い顆粒層に集中していましたが、発作の進行に伴い、この活動は上の顆粒層にまで拡大しなかった、これは深い皮質層がてんかん発作で重要な役割を果たしていることを示しています。

  3. 伝播メカニズム:伝播地の放電は最初、上の顆粒層で活性化し、しかし時間の経過とともに、伝播地の神経活動はさらに深い皮質層を含むようになり、その結果、複雑な伝播過程が示されました。

c) 結論と研究の価値

層状微電極の記録を通じて、この研究は顆粒層とその下の層が発作の開始において主導的な役割を果たし、上顆粒層が発作の伝播において重要な役割を果たすことを明らかにしました。これはてんかん発作の皮質微小回路の理解に新たな視点を提供します。

  1. 科学的な意義: 研究結果は、てんかん発作の皮質微電路の関与についての新たな洞察を提供し、てんかんの生理機構を説明する新たなモデルの構築に寄与することができます。

  2. 応用価値: 研究成果は、発作の発源地の特定方法の改善やてんかん手術の根拠の提供に役立つだけでなく、新たな神経変調技術の開発を補助し、発作の生成と伝播の阻止に寄与することも可能です。

d) 研究のハイライト

  1. 独自の実験方法: 層状電極を用いて皮質の多層間の活動を記録し、てんかん研究に新たな視点を提供します。

  2. 詳細な結果分析: CSDとMUAの分析により、発作過程で皮質の各層がどのように動的に変化するかを詳細に示し、皮質微電路が発作過程でどのような役割を果たすかを明らかにします。

  3. 広範な適用性と将来の研究方向: 研究結果は薬物療法に抵抗性がある局発性癲癇の理解に重要な意味を持つだけでなく、その他の癇癲種類や類似の神経系疾患の研究にも方法論的参考を提供します。

この研究を通じて、てんかん発作のメカニズムに対する深い理解だけでなく、今後の治療戦略に対する理論的基礎と技術的支援を提供することができます。