急性リンパ性白血病における治療標的としてのRBM39:共転写スプライシングの破壊

RBM39の標的化による高リスク急性リンパ芽球性白血病(B-ALL)の治療可能性の研究

背景概要

急性リンパ芽球性白血病(Acute Lymphoblastic Leukemia, ALL)は、子供や若年者に多く見られる血液系悪性腫瘍です。標準的な化学療法による治療で寛解率は高いものの、再発性・難治性B-ALL患者の長期生存率は50%未満に留まります。特に、Ph-like ALL、KMT2A再編成、MEF2D融合などの特定の分子サブタイプでは予後がさらに悪化します。再発・難治性B-ALLに対する効果的な治療法の開発は、血液腫瘍学における喫緊の課題となっています。

近年、RNAスプライシングの異常がALLを含む多くの癌で広く発見され、治療標的となる可能性が示されています。RNA結合モチーフタンパク質39(RBM39)はRNAスプライシングに関連し、外顕子挿入を促進し腫瘍細胞の生存維持に重要な役割を果たします。急性骨髄性白血病(AML)ではRBM39を標的とした治療が顕著な抗腫瘍効果を示しましたが、急性リンパ芽球性白血病におけるRBM39の役割や作用機序は詳しく研究されていません。本研究の目的は再発・難治性B-ALLにおけるRBM39の治療可能性を探ることです。

論文情報

本研究はアメリカ・St. Jude Children’s Research HospitalのJohn D. Crispino教授の研究チームによって主導され、複数の国際的な研究機関の科学者と共同で行われました。本論文は2024年12月5日に血液学の最先端ジャーナル《Blood》に掲載され、B-ALLにおけるRBM39の作用機序および治療標的としての可能性を明らかにした注目の研究です。

研究デザインと実験手順

本研究は複雑なin vitro、in vivo実験と高スループット解析を通じて、B-ALLにおけるRBM39の異常スプライシング機序と治療可能性を多角的に探求しました。以下に具体的な研究内容を示します:

1. スプライシングイベント差異の分析とRBM39有毒外顕子(ポイズンエクソン)の発見

実験手順: 正常B細胞(CD19+)とB-ALL患者サンプルのスプライシングプロファイルを比較した結果、大きな差異を示すスプライシングイベント群が特定されました。その中で、RBM39は有毒外顕子(ポイズンエクソン)挿入が顕著でした。また、DYRK1A阻害剤EHT1610やGNF2133などの分子によって、共転写スプライシング(cotranscriptional splicing)を誘発し、RBM39有毒外顕子が挿入されることを発見しました。

主要実験結果: Sashimiプロットを用いてRBM39有毒外顕子の位置と機能を明確に図示しました。有毒外顕子挿入により、RBM39 mRNAはナンセンス介在性mRNA分解経路(Nonsense-mediated mRNA decay, NMD)に認識され、分解されました。その結果、RBM39タンパク質の発現が著しく低下しました。

2. 有毒外顕子挿入の機序解析

DYRK1A阻害剤がRNAポリメラーゼII(Pol II)のリン酸化およびSF3B1複合体との結合に影響を与え、RBM39の共転写スプライシングを変更することが明らかになりました。Pol IIのSer5およびSer2のリン酸化レベルの低下が有毒外顕子挿入と直接関連していました。

さらに、タンパク質相互作用プロテオミクス(IP-mass spec)によって、SF3B1がスプライシング調節因子としてPol IIのリン酸化状態に強く依存していることが確認されました。SF3B1やPol IIのリン酸化を阻害すると、RBM39のスプライシング挙動に大きな変化が生じました。

3. RBM39が腫瘍増殖に及ぼす依存性

CRISPR-Cas9システムおよびshRNAノックダウン技術を用いた解析により、RBM39がB-ALL細胞系の増殖に不可欠であることが示されました。RBM39を特異的にノックダウンした細胞系では、増殖の著しい抑制、細胞周期停止、およびアポトーシスの増加が観察されました。

マウスモデルでは、RBM39ノックダウンが移植性B-ALL腫瘍の増殖を有意に抑制し、生存率を延長しました。この現象は、Ph-likeおよびMEF2D融合などの高リスクサブタイプで特に顕著でした。

4. RBM39を標的とした薬剤開発と治療戦略

RBM39降解剤Indisulam(E7070)およびE7820のB-ALL細胞に対する効果を検証しました。これらの降解剤はDCAF15依存のE3ユビキチンリガーゼ経路を通じてRBM39タンパク質を降解します。また、患者由来異種移植モデル(PDX)において、特にMEF2D融合サブタイプでE7820が強力な抗腫瘍効果を示しました。

さらに、新しい治療戦略として、DYRK1A阻害剤EHT1610とCDK9阻害剤Dinaciclibを組み合わせて使用し、有毒外顕子の産生を強化し、RBM39タンパク質を効果的に降解することに成功しました。特に通常の造血細胞に対する毒性は軽微でした。

主な発見と結論

  1. RBM39の異常スプライシング:DYRK1A阻害剤などのスプライシング因子を阻害することで、RBM39有毒外顕子挿入が増加し、NMD経路を活性化してRBM39タンパク質のレベルが低下することを発見しました。
  2. Pol IIとSF3B1の制御機序:RNAポリメラーゼIIとSF3B1複合体の調節が共転写スプライシングイベントに不可欠であり、Pol IIのリン酸化を阻害することでRBM39のスプライシングダイナミクスが大きく影響を受けることを示しました。
  3. RBM39の治療標的としての可能性:RBM39降解剤やスプライシング阻害剤を用いた治療が、特に高リスクのB-ALL患者において著しい抗腫瘍効果を示しました。

研究の意義と今後の展望

本研究は、再発・難治性B-ALLに対する新規かつ有効な治療の方向性を提供しました。RBM39が腫瘍形成における重要な調節因子であると同時に、治療標的としての潜在力も広く検証されました。現行の標準治療法と組み合わせることで、E7820やDYRK1AおよびCDK9阻害剤の使用が患者の臨床応答率をさらに向上させる可能性があります。

さらに、本研究は腫瘍生物学におけるRNAスプライシングとPol IIリン酸化の役割に関する理解を深め、他の癌種の分子機構や治療標的開発の参考となる重要な知見をもたらしました。今後、RBM39を中心にした臨床試験と治療法の開発が血液悪性腫瘍の精密医療をさらに推進することが期待されます。