静脈内輸液療法を受ける成人の血清塩化物濃度と結果

血清塩素濃度と静脈内輸液治療効果の関係に関する研究

背景紹介

集中治療室(ICU)では、静脈内輸液が一般的な治療手段であり、よく使用される溶液には「バランス液」(balanced solutions)と0.9%塩化ナトリウム溶液(生理食塩水、saline)があります。近年、複数のランダム化比較試験や患者レベルのメタアナリシスは、生理食塩水と比較してバランス液が死亡率を低下させ、腎代替療法の必要性を減少させる可能性があることを示しています。しかし、外傷性脳損傷患者においては、バランス液の使用が死亡率の増加と関連していることが報告されています。この違いは、バランス液の作用機序についての議論を引き起こしました。

生理食塩水の塩素イオン濃度(154 mmol/L)は、バランス液(約98-111 mmol/L)よりもはるかに高いため、臨床医は血清塩素濃度が高い患者に対して生理食塩水を使用すると高塩素性代謝性アシドーシスを引き起こし、有害な結果を招く可能性があると懸念しています。実験的研究や非ランダム化研究は、大量の生理食塩水を急速に投与すると高塩素性代謝性アシドーシスや急性腎障害を引き起こす可能性があることを示していますが、基線血清塩素濃度または血清塩素変化に基づいて輸液溶液を選択するためのランダム化試験データはありません。

このギャップを埋めるために、本論文の著者チームはPLUS試験(Plasma-Lyte 148® vs. Saline)の二次解析を行い、基線血清塩素濃度がICU患者がバランス液または生理食塩水治療を受けた後の臨床結果に与える影響を調査しました。

論文の出典

この研究は、オーストラリアとニュージーランドの複数の研究機関からの学者たちが協力して行ったもので、主な著者にはMahesh Ramanan、Naomi Hammond、Laurent Billotなどが含まれています。研究チームはThe George Institute for Global Health、University of New South Wales、Royal Brisbane and Women’s Hospitalなどの機関から参加しています。論文は2024年12月14日に『Intensive Care Medicine』誌に掲載されました。

研究プロセス

研究デザイン

この研究は、PLUS試験の二次解析です。PLUS試験は多施設、前向き、二重盲検、ランダム化比較試験で、合計5037名の患者が参加しました。研究対象は18歳以上で、ICUに少なくとも3日間滞在することが予想され、静脈内輸液による蘇生が必要と判断された患者です。患者はランダムにPlasma-Lyte 148®または生理食塩水を主要な輸液溶液として割り当てられました。

データ収集

研究では、患者の基本情報、急性生理学的および慢性健康評価(APACHE-II)、血清塩素濃度、pH値などのベースラインデータを収集しました。治療開始後7日間は毎日、血清塩素、pH値、血清クレアチニンなどの生化学的指標、血液動態データ、臓器サポート状況を記録しました。第8日目から第90日目までは、人工呼吸器の使用状況、腎代替療法の使用状況などを記録しました。

データ分析

患者は基線血清塩素濃度とpH値に基づいて四分位数ごとにグループ分けされました。主要評価項目は、ランダム化後90日以内の全原因死亡率でした。異なる血清塩素およびpHサブグループでの治療効果を一般化線形混合モデル(generalized linear mixed model)を用いて分析し、ICUサイトをランダム効果として調整しました。

主な結果

血清塩素濃度の影響

研究には合計4823名の患者が含まれ、基線血清塩素濃度に基づいて<102 mmol/L、102-106 mmol/L、107-109 mmol/L、>109 mmol/Lの4つのサブグループに分けられました。解析の結果、バランス液と生理食塩水を投与された患者間で90日死亡率に有意差は見られませんでした。各血清塩素サブグループのリスク調整後のオッズ比(odds ratio, OR)はそれぞれ1.23、0.95、0.88、0.76で、交互作用P値は0.10であり、基線血清塩素濃度が治療効果に有意な影響を与えていないことを示しています。

pH値の影響

基線pH値に基づいて患者を≤7.27、7.27-7.34、7.34-7.39、>7.39の4つのサブグループに分けました。解析の結果、バランス液と生理食塩水を投与された患者間で90日死亡率に有意差は見られませんでした。各pHサブグループのオッズ比はそれぞれ0.89、0.94、0.96、1.15で、交互作用P値は0.63であり、基線pH値が治療効果に有意な影響を与えていないことを示しています。

生化学的指標の変化

治療開始後7日間で、バランス液を投与された患者の血清塩素濃度は生理食塩水群と比べて有意に低く(平均差 -1.99 mmol/L、95% CI -2.21~-1.76)、pH値は生理食塩水群より有意に高かった(平均差 0.01、95% CI 0.01~0.01)。血清クレアチニンレベルには両群間に有意差はありませんでした。

結論

この研究は、静脈内輸液治療を受けたICU患者において、基線血清塩素濃度またはpH値がバランス液と生理食塩水の治療効果に有意な影響を与えないことを示しています。バランス液群は治療期間中の血清塩素濃度が低く、pH値が高かったものの、これが臨床的な結果の顕著な差異に繋がることはありませんでした。この研究結果は、特に血清塩素濃度やpH値が異常な患者における輸液溶液の選択において、臨床医にとって重要な参考情報を提供します。

研究のハイライト

  1. 大規模ランダム化比較試験の二次解析:この研究はPLUS試験の大規模データに基づき、血清塩素濃度とpH値が輸液治療効果に与える影響に関する高品質な証拠を提供しています。
  2. 生化学的指標の包括的評価:研究は臨床結果だけでなく、治療期間中の血清塩素、pH値、クレアチニンの変化を詳細に分析し、バランス液の作用機序を理解する手がかりを提供しています。
  3. 臨床的指導的意義:研究結果は、輸液溶液を選択する際、患者の基線血清塩素濃度またはpH値を過度に考慮する必要がないことを示しており、これにより臨床実践における意思決定を簡素化する根拠を提供します。

その他の価値ある情報

研究は全体的な解析では有意差が見られなかったものの、血清塩素濃度が最も高いサブグループと最も低いサブグループでは、バランス液と生理食塩水の治療効果に一定の傾向の違いがあることを指摘しています。これは特定の状況下では血清塩素濃度が依然として考慮すべき要因である可能性を示唆しています。さらに、研究チームは今後の研究において、異なるタイプの酸塩基平衡障害が輸液治療効果に与える影響をさらに探討すべきだと強調しています。

この研究は、ICU患者の静脈内輸液治療の選択に重要な科学的根拠を提供すると同時に、さらなる研究の方向性を示しています。