STOP試験後のカリフォルニア州鎌状赤血球症患者における脳卒中の発生率

カリフォルニア州における鎌状赤血球症(SCD)患者の脳卒中発生率の変化:STOP試験を背景とした人口ベース研究の分析

研究の背景と目的

鎌状赤血球症(Sickle Cell Disease, SCD)は、常染色体における優性遺伝形式をもつ血液疾患であり、代謝異常によりヘモグロビンの構造が変化し、低酸素環境下で赤血球が鎌状に変形することが特徴です。これにより、血管壁への付着性が高まり、血管の閉塞や炎症反応を引き起こします。脳血管系の合併症、特に虚血性脳卒中や脳出血は、SCD患者においてきわめて一般的かつ深刻な障害となっています。初期のデータでは、予防措置を受けないSCD患者において、20歳までの脳卒中累積発生率が11%、45歳までに約24%に達するとの報告がありました。

この高リスク集団に対応するために、1998年に開始されたSTOP(Stroke Prevention Trial in Sickle Cell Anemia)試験では、経頭蓋ドプラー(TCD)超音波検査と慢性的な輸血療法が脳卒中予防の標準治療として確立され、高リスクの小児における脳卒中発生率を大幅に低下させました。しかし、時代が進むにつれ、STOP試験後において、小児の脳卒中発生率は一時的には減少したものの、成人患者のデータは限られており、近年では脳卒中発生率が再び上昇している可能性が示唆されています。本研究では、カリフォルニア州の医療データベースを用いて、SCD患者における3つの時期(1991-1998年、1999-2009年、2010-2019年)の脳卒中および一過性脳虚血発作(TIA)の発生率の動向を調査し、性別、年齢、および修正可能な危険因子(高血圧や高脂血症)が脳卒中リスクに与える影響を明らかにすることを目的としました。

論文の出典と著者情報

本研究は、2024年12月12日付の《Blood》誌(Volume 144, Issue 24)に掲載され、ピッツバーグ大学、ワシントン大学シアトル校、カリフォルニア大学デイビス校附属がんセンターなど複数の研究機関の研究者たちによって共同執筆されました。主要な著者には、Olubusola Oluwole、Ann M. Brunson、Oyebimpe O. Adesina、Shaina M. Willen、Theresa H. M. Keegan、Kleber Yotsumoto Fertrin、Ted Wun らが含まれます。

研究の方法と流れ

本研究は、カリフォルニア州医療アクセスと革新データベース(HCAI)に基づいて行われ、1991年から2019年にかけての入院記録と救急医療記録を対象としました。この研究では、7636人のSCD患者を長期間にわたり追跡し、脳卒中およびTIAの発生率を計算し、関連する危険因子を分析しました。

データの出典と患者の特徴

本研究では、国際疾病分類(ICD-9/ICD-10-CM)コードを用いて患者を特定し、病歴、社会経済情報、入院回数などのデータを抽出しました。これらの患者データは29年にわたり追跡され、中位追跡期間は15.9年でした。全体のうち5.9%(451例)が虚血性脳卒中を発症し、3%(227例)が脳出血、2.7%(205例)がTIAを発症しました。

分析の流れと統計手法

異なる年代における脳卒中発生率の変化を比較するため、データを3つの時期に分割し、10万人年あたりの基準に基づいて脳卒中発生率を計算しました。また、Fine とGray の手法を用いて競合する死亡リスクを調整した上で累積発生率を計算しました。多変量 Cox 比例ハザードモデルを用いて、脳卒中と脳出血に影響を与える危険因子を評価しました。

特殊な分析内容

  • 脳卒中種別と危険因子:虚血性脳卒中と脳出血の臨床的特徴およびそれらの影響因子(例:頻繁な入院、高血圧、腎機能障害、脳血管疾患の既往など)を分析。
  • 医療施設の利用状況:小児患者を対象として、患者が主に高症例数のSCD専門施設で治療を受けているかどうかを分析。

研究結果

初回の脳卒中累積発生率

  • 初発イベント:20歳までに虚血性脳卒中の累積発生率は2.1%、60歳までに13.5%に達しました。脳出血とTIAの累積発生率はそれぞれ60歳時点で6.8%と5.9%でした。
  • 脳卒中動向:2010-2019年において、小児および成人(18-50歳)の虚血性脳卒中の発生率が有意に上昇し、それぞれ234.9および431.1/10万人年となりました。

危険因子の分析

  • 虚血性脳卒中:頻繁な入院(HR 1.31)、高血圧(HR 1.71)、脂質異常(HR 1.45)が独立した危険因子として関連し、脳血管疾患の既往(HR 4.38)およびTIAの既往(HR 2.87)が最大のリスクを示しました。
  • 脳出血:急性胸症候群(HR 1.46)、腎機能障害(HR 2.11)、血小板減少(HR 2.02)との有意な関連が確認されました。

再発イベントの発生率

初回の脳卒中後、158例(対象全体の21%)が研究期間中に2回目の脳卒中またはTIAを経験し、4年以内に再発脳卒中の累積リスクは17.8%に達しました。

研究の意義

本研究は、SCD患者集団における「現実世界」に基づく長期的な脳卒中データを初めて更新し、近年、小児および成人のグループで脳卒中率が上昇している傾向を示しました。この結果から以下の示唆が得られます: 1. 潜在的脅威の再燃:STOP試験初期は脳卒中率を著しく低下させましたが、TCDスクリーニングの適用範囲が限定的であるなど、実務上の欠陥が要因となり、卒中率が再び上昇する可能性があります。 2. 成人リスク群の未解決問題:成人SCD患者に対する脳卒中予防やスクリーニングガイドラインが依然として不足しており、TCDの効果は成人群では限られています。 3. 修正可能な危険因子の介入の重要性:高血圧や脂質異常などの伝統的危険因子に対する介入が、卒中予防において極めて重要な役割を果たす可能性があります。

研究の強みと限界

本研究は、カリフォルニア州全体を対象とした大規模データベースに基づいており、長期間にわたる追跡が可能であった点が強みとして挙げられます。一方で、遺伝型データの不足や治療歴データの欠如、静脈性脳梗塞に関する情報の欠落など、多くの制約がありました。それにもかかわらず、本研究は、SCD患者における脳卒中に対する正確な介入やスクリーニング戦略を開発する際の貴重な基礎データを提供しています。

結論

SCD患者における脳卒中発生率は、STOP試験の普及により一時的な低下を示しましたが、近年は再び上昇傾向にあります。特に、患者の平均寿命が延びた影響により、脳卒中に対する予防およびスクリーニングの重要性が増しています。本研究は、脳卒中リスクの高い集団に向けたガイドラインの策定と、修正可能な危険因子に対するさらなる対策の必要性を強く示唆しています。