米国成人における社会的リスクと推奨されるがん検診の非遵守との関連
アメリカ成人における社会的リスクとがん検診非遵守との関連に関する研究報告
学術的背景
がん検診は、早期発見やがん予防において重要であり、治療効果を大幅に改善し、死亡率を低下させることが確認されています。しかし、アメリカ国内で結腸直腸がん、肺がん、乳がん、子宮頸がんの検診が推奨されているにもかかわらず、対象となる成人の受診率は推奨目標を下回っています。特に、構造的に疎外された集団では、この検診遵守率に大きな格差が存在します。これらの格差は、長年にわたる構造的な不平等や社会的不正義によって悪化しており、公衆衛生に重要な課題を投げかけ、健康の公平性の実現を妨げています。
こうした課題に対処するため、研究者たちは健康結果や格差に影響を与える要因、特にがん関連の要因を理解し軽減するためのさまざまな枠組みを提案してきました。これらの枠組みは、「健康の社会的決定要因」(Social Determinants of Health, SDOH)と呼ばれる相互に関連する要因を含み、個人の社会的リスク(例:食の不安定性、住居不安定性)やニーズを形成するものです。SDOHに対処する上で顕著な進展が見られていますが、検診非遵守を引き起こす具体的な要因の特定においては依然として課題が残されています。
研究の出典
本研究は、Ami E. Sedani博士、Scarlett L. Gomez博士、Wayne R. Lawrence博士、Justin X. Moore博士、Heather M. Brandt博士、およびCharles R. Rogers博士による共同研究です。研究チームは、テキサス大学ヒューストン健康科学センター、カリフォルニア大学サンフランシスコ校、アメリカ国立がん研究所、ケンタッキー大学医学校など、複数の機関に所属しています。本研究は2025年1月3日に『JAMA Network Open』誌に掲載されました。
研究デザインと方法
データの出典と研究対象者
本研究は横断研究であり、2022年のアメリカの行動リスク要因監視システム(Behavioral Risk Factor Surveillance System, BRFSS)データを使用し、39州およびワシントンD.C.の成人を対象としています。参加者はアメリカ予防サービス作業部会(US Preventive Services Task Force, USPSTF)の最新ガイドラインに基づくがん検診資格を持つ人々です。合計147,922人(推定された国内代表サンプルは78,784,149人)が調査に含まれました。
社会的リスク要因と検診遵守率
調査では、生活満足度、社会的・感情的支援、社会的孤立、雇用安定性、食の安全、住居の安全、公的施設サービスの安全、交通の利用可能性、精神的健康を含む10項目の社会的リスク要因を評価しました。遵守率はUSPSTFの定義に基づき評価され、修正ポアソン回帰モデルを使用して調整済みリスク比(Adjusted Risk Ratios, ARRs)およびその95%信頼区間(CIs)を推定しました。
研究結果
サンプル特性
調査サンプルでは、65.8%が女性で、平均年齢は56.1歳でした。がん検診のサブサンプルの内訳は、結腸直腸がん検診(CRCS)119,113人、肺がん検診(LCS)7,398人、子宮頸がん検診(CCS)56,585人、乳がん検診(BCS)54,506人でした。
社会的リスクと検診遵守率の関連性
調査により、社会的リスク要因とがん検診遵守率の間には顕著な関連があることが示され、その関連性は性別によって異なることもわかりました。具体的な結果は次の通りです:
生活への不満足:
- 満足している者に比べて、生活に不満足な者は子宮頸がん検診(ARR, 1.08; 95% CI, 1.01-1.16)や乳がん検診(ARR, 1.22; 95% CI, 1.15-1.29)への非遵守が多いことが確認されました。
支援不足:
- 社会的・感情的支援が不足していることは、男性・女性いずれも結腸直腸がん検診の非遵守および乳がん検診の非遵守と関連していました。
食品の不安定性:
- 食品不安定性は、結腸直腸がん検診、子宮頸がん検診、乳がん検診の非遵守のリスク増加と関連していました。
交通インフラへの不安定性:
- 交通インフラへの不安定性は、女性の結腸直腸がん検診および乳がん検診の非遵守と関連していました。
医療費の障壁:
- 経済的障壁は結腸直腸がん検診、女性の肺がん検診、乳がん検診の非遵守リスク増加と関連していました。
結論と意義
本研究により、社会的リスク要因とがん検診遵守率との間の独立したかつ差異を持つ関連性が示されました。また、これらの関連性は性別によって異なる場合があることが明らかになりました。本研究の結果は、がん検診遵守率を向上させるためには社会的リスクを評価し解決する必要性を強調しています。効果的な介入を実現する前に、特定の人々を対象としたさらなる研究が必要です。
研究のハイライト
主要な発見:
- 食品不安定性・交通インフラ障壁・医療費の障壁などの社会的リスク要因ががん検診非遵守と関連していました。
方法論の革新:
- 最新のBRFSSデータを利用し、修正ポアソン回帰モデルを適用することで、結果の信頼性が確保されました。
応用の価値:
- 結果は、目的に応じた公衆衛生介入を策定するための重要な基礎データを提供し、がん検診参加率の向上と健康公平性の促進を支援します。
研究制限と今後の展望
- 自己申告に基づくデータ収集のため、分類誤差の可能性がある。
- 特定の脆弱集団(例:ホームレス、施設収容者)を除外しているため、一般化に制限がある。
- 測定されていない潜在的交絡因子(例:移民資格、医療への不信感、差別)の影響を排除できない。
今後の研究課題
今後の研究では、社会的リスク要因とがん検診遵守率の複雑な関係性をさらに深く探求するとともに、特定の集団に向けた効果的な介入策を開発することが求められます。また、社会的支援や精神的健康を考慮した複合的なアプローチが有効であるとされています。
本研究は、社会的リスク要因ががん検診遵守率に与える影響を明らかにし、公衆衛生政策および介入策を策定する上で重要な方向性を示しました。