ロングリードシーケンシングに基づく多剤耐性微生物のゲノム監視

長鎖リードシークエンシングによる多剤耐性微生物ゲノム監視研究

学術背景

多剤耐性微生物(Multidrug-Resistant Organisms, MDROs)は、世界的な公衆衛生における重大な脅威です。これらの微生物は複数の抗生物質に耐性を持ち、感染の治療を難しくし、医療負担を増大させています。MDROsの拡散を効果的に監視・制御するためには、その耐性遺伝子、分子型の変化、および伝播経路を正確に特定することが極めて重要です。従来の分子タイピング手法(例:パルスフィールド電気泳動法(Pulsed-Field Gel Electrophoresis, PFGE)、多部位配列タイピング(Multi-Locus Sequence Typing, MLST)など)は、過去には重要な役割を果たしてきましたが、それらは分解能が低く、操作が複雑で、コストが高いです。近年では、全ゲノムシークエンシング(Whole-Genome Sequencing, WGS)に基づく手法が主流となりつつあります。特に短鎖リードシークエンシング技術(例:Illuminaプラットフォーム)がゲノム監視で広く使用されています。しかし、短鎖リードシークエンシングは構造変異(例:大規模挿入、欠失、反復配列など)の検出に限界があり、細菌ゲノムの完全なアセンブリを困難にしています。

長鎖リードシークエンシング技術(例:Oxford Nanopore Technologieによるナノポアシークエンシング)は、長いDNAフラグメントを生成できるため、短鎖リードシークエンシングの有力な代替手法として注目されています。長鎖リードシークエンシングは、ゲノムアセンブリの完全性を高めるだけでなく、耐性遺伝子やプラスミド構造をより正確に検出することができます。本研究は、MDRO監視と伝播解析において、長鎖リードシークエンシングに基づくゲノム監視手法の正確性と適用可能性を評価することを目的としています。

論文情報

本論文はFabian Landman氏、Casper Jamin氏、その他の著者が共同で執筆し、オランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)の研究者らによって執筆されました。本論文は2024年にGenome Medicine誌に掲載され、題目は「Genomic surveillance of multidrug-resistant organisms based on long-read sequencing」(長鎖リードシークエンシングに基づく多剤耐性菌のゲノム監視)です。

研究プロセス

1. サンプル選択とDNA抽出

研究では、356株のMDROsを選択しました。これらには、106株の肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)、85株の大腸菌(Escherichia coli)、15株の腸内細菌複合体(Enterobacter cloacae complex)、10株のフレウンド柑橘酸菌(Citrobacter freundii)、34株の緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、16株のアシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)、69株のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus, MRSA)が含まれており、そのうち24株は集団感染から収集されました。すべてのサンプルのゲノムDNAは、Maxwell® RSC48自動抽出プラットフォームを使用して抽出されました。

2. シークエンシングとデータ解析

すべてのサンプルは、短鎖リード(Illumina NextSeq 550)と長鎖リード(Nanopore Rapid Barcoding Kit-24-v14, R10.4.1)で全ゲノムシークエンシングを実施しました。長鎖リードのデータはDorado-0.3.2を用いてベースコールされ、Flye、Canu、Miniasm、Unicycler、NECAT、Raven、Redbeanなどのアセンブリツールを使ってゲノムアセンブリが行われました。一方で、短鎖リードデータはJuno-assembly v2.0.2フローを介してアセンブリされました。

3. 分子タイピングと耐性遺伝子検出

研究では、多部位配列タイピング(MLST)、全ゲノム多部位配列タイピング(Whole-Genome MLST, wgMLST)、全ゲノム単一ヌクレオチド多型(Whole-Genome Single-Nucleotide Polymorphisms, wgSNP)を用い、長鎖リードデータと短鎖リードデータを比較しました。また、ResFinderおよびPlasmidFinderのデータベースを用い、耐性遺伝子およびプラスミド複製子を検出しました。

主な結果

1. 長鎖リードと短鎖リードの比較

ほとんどのMDROsにおいて、wgMLSTタイピング結果は長鎖リードと短鎖リードで高い一致率を示し、差異は1~9アレル間でした。ただし、緑膿菌では異なる結果が得られ、差異は最大27アレルに達しました。MLSTタイピングおよびMLVAタイピングでは、長鎖リードと短鎖リードデータ間で完全な一致が見られました。

2. 耐性遺伝子の検出

耐性遺伝子の検出では、長鎖リードのシークエンシングは高い感度(92~100%)と特異性(99~100%)を示しました。特に長鎖リードは短鎖リードよりも多コピー耐性遺伝子やプラスミド構造を正確に検出できました。

3. MRSAの集団感染分析

オランダ中部地域で発生したMRSA集団感染を長鎖リードシークエンシングを用いて成功裏に分析しました。長鎖リードのwgMLSTタイピング、MLSTタイピング、MLVAタイピングの結果は短鎖リードデータと高い一致を示し、アウトブレイク解析における長鎖リードシークエンシングの高い正確性を確認しました。

結論

長鎖リードシークエンシングに基づくゲノム監視手法は、MDROsのタイピング、耐性遺伝子検出、アウトブレイク解析において短鎖リードと同等の正確性を持つことを示しました。長鎖リードは、構造変異や多コピー耐性遺伝子の検出において優れており、また、プラスミド構造の可視化も可能です。さらに、長鎖リードの低コストと迅速なライブラリ準備の特性により、未開発地域や低所得国でもその適用が期待されます。

研究のハイライト

  1. 高精度:ほとんどのMDROsで、短鎖リードデータと高い一致率が確認されました。
  2. 耐性遺伝子検出:多コピー遺伝子やプラスミド構造の検出において長鎖リードが優位性を示しました。
  3. アウトブレイク解析:MRSA集団感染分析において長鎖リードの有効性を実証しました。
  4. コスト効率:低コストと簡単な操作手順により、幅広い地域での応用が見込まれます。

研究の意義

この研究は、MDROsのゲノム監視における長鎖リードシークエンシングの利点を明確に示しました。この技術は、従来の短鎖リードでは困難だったゲノムアセンブリの完全性を高め、多コピー遺伝子の正確な特定を可能にします。また、低コストと迅速なライブラリ作成の特徴により、リソースが限られた地域での応用が可能になり、MDROsの世界的な制御と感染予防に寄与することが期待されます。