三次医療病院におけるESBL産生大腸菌の保有、獲得、伝播の2年間の追跡調査
ESBL産生大腸菌(ESBL-EC)に関する学術論文報告
抗菌薬耐性は、世界的に深刻な公衆衛生上の課題であり、その中でも肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)や大腸菌(Escherichia coli)といった超広域βラクタマーゼ(ESBL)を産生する腸内細菌(Enterobacterales)の迅速な拡大が特に注目されています。これらの菌株は、病院感染だけでなく、地域感染にも大きな影響を及ぼします。グローバルな監視データによれば、ESBL-E菌株の分布には地域差があり、これが抗菌薬使用のポリシーや耐性菌の伝播経路の複雑さを反映しています。
本研究は、病院環境においてESBL-E菌株の流行の動態を調査し、より効果的な感染制御策を立案するために実施されました。イタリア・ローマの著名な三級医療機関「Università Cattolica Sacro Cuore」病院の非ICU病棟を対象に、ESBL-ECの腸内保有、病院内感染、伝播、および感染の関連性を2年間にわたって前向きに研究しました。この研究の成果は、国際的な学術誌『Genome Medicine』(2024年、Volume 16, Article 151)に発表され、Minh Ngoc Nguyen、Evelina Tacconelli、およびSurbhi Malhotra-Kumarらによる国際研究チームにより実施されました。
本研究が重要である理由
過去20年間で、内因性感染、すなわち宿主自身の腸内に保有されるESBL菌が起因する感染の問題が深刻化しています。グローバルなデータによると、腸内にESBLを保有する率は2001–2005年の7%から、2016–2020年には25%以上に急増しました。同時に、イタリアでは長年にわたり、ヨーロッパで最も高い抗菌薬耐性関連の死亡率と疾病負担を抱えており、大腸菌および肺炎桿菌の三世代セファロスポリン耐性に関する問題が顕著です。腸内保有が病院感染の主要なリザーバーであるとする多くの文献がある一方で、患者間の伝播動態や遺伝子レベルでの伝播メカニズムには理解が欠けており、これが効果的な感染制御策の策定を妨げてきました。
方法および研究デザイン
本研究では、2010年から2013年にかけて、イタリア「Policlinico A. Gemelli」病院の3703名の患者から得られた生物資料データを後ろ向きに解析し、ESBL-ECの流行動態およびゲノム特性を詳細に評価しました。
患者分類およびサンプリング:
この前向き研究の枠組みで、入院患者全員に対し、入院後48時間以内に直腸スワブを用いてESBL-E菌の定着をスクリーニングしました。- ESBL-Eが定着していた患者を「入院時陽性」群(PA-ESBL)に分類。
- 入院時に陰性でありながら追跡検査で新たな感染が確認された患者を「病院内感染」群(HA-ESBL)に分類。
- ESBL-Eが検出されなかった患者を「ESBL-E陰性」群(ESBL-free)としました。
- ESBL-Eが定着していた患者を「入院時陽性」群(PA-ESBL)に分類。
菌株分離と確認:
選択的クロモジェニック培地(Brilliance ESBL Agar)を使用し、サンプルから菌株を分離し、二重ディスク拡散試験(Double Disc Diffusion Synergy)によりESBL酵素の産生を確認。ゲノム解析と分析:
- 分離された366株のESBL-ECサンプルを全ゲノムシークエンス(Illumina MiSeq)で解析。これにより、表現型耐性分析、多座位配列型(MLST)の分類、抗菌薬耐性遺伝子の分類と機能解析を行いました。
- 汎流行クローンST131に特異的な株については、長鎖読み取りシークエンスを追加実施し、fimHやissなどの病原性因子を特定。
- 分離された366株のESBL-ECサンプルを全ゲノムシークエンス(Illumina MiSeq)で解析。これにより、表現型耐性分析、多座位配列型(MLST)の分類、抗菌薬耐性遺伝子の分類と機能解析を行いました。
患者間伝播とゲノムレベルの関連性研究:
- 一塩基多型(SNP)解析と疫学データを組み合わせ、患者間の伝播の有無を評価。10SNPを判定基準としてクローン伝播イベントを分類。
主な研究結果
1. 患者におけるESBLの頻度と要因
3703名のスクリーニング対象者のうち:
- 12.3%(456名)が入院時にESBL-E菌株を保有していることが確認されました。
- 未感染者の追跡調査では、およそ10.6%の患者が入院中に病院内感染を発症し、感染密度は1000入院日当たり7.96例でした。
- 入院中に抗菌薬を使用した患者の感染リスクは有意に高かった(p<0.001)。
定着菌株の71.9%がESBL-ECとして同定され、そのうち汎流行クローンであるST131株が主要型(48.6%)を占めていました。
2. 感染と伝播経路
30名の感染確定患者のうち、60%の感染が患者自身の保有菌株(内因性感染)によるものであることが分かりました。一方、他の患者からの直接伝播による新しい菌株の取得は19.2%(HA-ESBL患者)に限定され、病院内での患者間接触や共用リソースが伝播に寄与する割合は小さいことが示されました。
3. 菌株特性
- ST131菌株は多剤耐性であり、病原性因子(iss、iha、sat など)が豊富であることがゲノム解析で明らかになりました。これらの菌株は尿路感染症(UTI)や敗血症に関連することが知られています。
- 跨国的な解析により、イタリアのST131菌株がヨーロッパ各国(ドイツ、デンマーク、フランス)の菌株と顕著なゲノムの類似性を持つことが明らかになりました。
学術的意義と応用可能性
本研究はESBL-EC菌株の流行、伝播動態、および定着-感染変換に関する理解を拡大する、非常に重要な学術的知見を提供しました。
1. 科学的意義:
単一施設でのESBL-ECの流行動態と遺伝的特性を初めて包括的に解析。特に、多様性の高さと高病原性の菌株特性が明確化されました。
2. 応用可能性:
- リスクに基づくスクリーニング戦略を立案可能。スクリーニング対象として以下の高リスク群に焦点を当てることが推奨されます:80歳以上、既往歴としてESBL保有がある、過去1年以内の入院歴がある、在宅医療を受けている患者。
- 定着菌株による内因性感染が一般的であるため、病院内での抗菌薬使用ポリシーの見直しが必要です。
- 患者ケアと感染対策:
本研究は、ESBL-Eによる感染予防における抗菌薬マネジメントプログラムの重要性を強調しています。適切なスクリーニングと抗菌薬使用ガイドラインを実施することで、入院患者の感染リスクを最大限に低減させることが可能です。
結論として、本研究は非ICU環境におけるESBL菌株の伝播制御策の科学的根拠を提供し、さらに効率的かつコスト効果の高いスクリーニングアプローチを策定するための基盤を構築しました。