エピゲノムワイド関連研究によりPTSDに関連する新規DNAメチル化部位を特定:23の軍事および民間コホートのメタ分析

全ゲノムエピジェノム関連研究がPTSDに関連する新規DNAメチル化部位を特定:23の軍民コホートを用いたメタ分析

学術的背景と研究目的

心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic Stress Disorder, PTSD)は、極度の外傷的出来事を経験した後に発症する深刻な精神障害です。PTSDの症状は、侵入的な記憶、記憶を引き起こす状況への回避や情緒の麻痺、過剰覚醒などが特徴であり、心理的および身体的健康に重要な影響を与える可能性があります。PTSDは、自己管理の低下、医療治療の非遵守、物質使用の増加に関連し、心血管疾患などの慢性疾患のリスクを増加させることが知られています。

大多数の人々が少なくとも1回は外傷的出来事を経験しているにもかかわらず、PTSDを発症するのはごく少数に限られています。このことは、PTSDの発症に遺伝的および環境要因が重要な役割を果たしていることを示唆しています。これまでの全ゲノム関連研究(Genome-Wide Association Studies, GWAS)では、ストレス応答や免疫機能に関与する複数のPTSD関連遺伝子が特定されています。しかし、遺伝的変異だけではPTSDの感受性の差異を完全には説明できません。近年、非遺伝的メカニズム、特に表現型の遺伝学がPTSD発症における潜在的な役割として注目されています。

DNAメチル化(DNA Methylation, DNAm)は最も広く研究されているエピジェネティックなメカニズムの1つであり、DNAのシトシン-グアニン二核結合部位(CpGサイト)にメチル基が付加されることで、遺伝子発現を調節します。この化学修飾は環境の変化に応じて可逆的に変化し、疾患研究および治療開発の重要ターゲットとなっています。ただし、脳組織が生体から取得することは困難であるため、研究では外周血中のDNAメチル化パターンがよく利用されます。特定の遺伝子座での外周血中のDNAmパターンが脳組織のそれと関連していることが示されています。

これまでのPTSD関連研究では、有望な結果が報告されているものの、サンプルサイズの小ささや分析方法のばらつきにより、その結論の統合が困難でした。これらの制約を克服するため、本研究ではPsychiatric Genomics Consortium(PGC)の一部であるPTSDエピジェネティクスワーキンググループの枠組みで、軍および民間の23のコホートサンプルを対象に大規模なメタ分析を実施しました。この取り組みにより、PTSDに関連するDNAメチル化のより確たる証拠を提供することを目的としています。


論文情報

本研究はSeyma Katrinliらによる共同研究で、各著者はアメリカの主要な精神疾患研究機関に所属しています。本研究は2024年に『Genome Medicine』誌に掲載され、オープンアクセス形式で公開されています。結果の学術的意義は広範な分野に及びます。


研究手法

1. 対象データと表現型評価

本研究の対象者数は5077名であり、うちPTSD患者2156名と外傷を経験しながらもPTSDを発症していない対照者2921名が含まれています。対象者は23の独立したコホートから採取されました。それらのコホートには、9つの軍事研究コホートと9つの民間研究コホートが含まれています。

以下は一部の例です:

  • Grady Trauma Project (GTP)
    > 大規模外傷被害者(10,000名以上)を対象とした研究で、Clinician-Administered PTSD Scaleまたは自己報告尺度によりPTSDを評価。
  • Marine Resiliency Study (MRS)
    > 任務中の米軍兵士を対象に、展開前および展開後6か月にわたってPTSD症状を追跡。

全サンプルは、Illumina社のHumanMethylation450またはMethylationEPIC(850k)アレイを用いて外周血中のDNAメチル化を測定しました。

2. データ統合と分析

全てのデータは事前に品質管理が施され、各コホートにおいて線形回帰モデルを用いて解析されました。DNAメチル化レベルを目的変数、PTSD診断・性別・年齢・血液細胞成分・人種などを説明変数としました。その後、逆分散加重法を用いてメタ分析を行い、全ゲノム規模でPTSDに関連する411,786のCpG部位を検証しました。統計的有意水準をp×10^(-8)に設定しました。

3. 血液-脳組織関連性の検証

血液中のDNAメチル化が脳組織内の変化をどの程度反映しているかを検討するため、特定の脳領域(前頭前皮質など)から得られたDNAメチル化データを用いて交差組織解析を実施しました。また、RNAシークエンシングデータを用いて、有意なCpG部位が対応する遺伝子の発現量に影響を与えるか調べました。

4. 層別分析と感度検定

性別、人種、または外傷タイプなどの特定のサブグループに特異的な差をより深く追求するため、層別分析を行いました。さらに、感度分析では、喫煙状態の影響を調整するためにDNAメチル化スコアを導入しました。


主要な研究結果

1. 主分析の成果

メタ分析により、PTSDと有意に関連する新規9つを含む計11個のCpG部位が同定されました。具体例:

  • AHHR(Aryl Hydrocarbon Receptor Repressor)遺伝子
    • cg05575921とcg21161138はPTSDに関連し、以前の研究でも一貫した発見。免疫調整に関与。
  • CDC42BPB(CDC42 Binding Protein Kinase Beta)遺伝子
    • cg04987734は、血液と前頭前皮質の両方でPTSD関連のメチル化増加を示し、炎症マーカーであるC反応性タンパク質(CRP)とも関連。

2. 跨組織検証および分子機構

  • PTSD関連CpGの一部(AHHRやBANP内)は血液と脳組織間で高い相関が認められました。
  • 自然ストレスモデルを用いた実験で、cg05575921やcg04987734のメチル化が皮質ホルモンに反応して顕著に変化しました。

3. 層別解析

  • 性別分析
    女性ではFERD3L遺伝子(cg25691167)でPTSD関連の有意なメチル化変化が認められましたが、男性では同様の関連が見られませんでした。
  • 軍・民間コホート比較
    BCL11B遺伝子(cg27541344)は民間コホートで有意でしたが、軍事コホートでは関連が認められませんでした。

結論と意義

本研究はPTSDに関連する新規のCpG部位を特定し、特にAHHRとCDC42BPBにおけるDNAメチル化の変化がPTSDの発症と深く関係していることを示しました。この結果は、DNAメチル化を基盤とした早期介入や予防・治療戦略の開発に重要な手がかりを提供します。

さらに、性別・人種などの個別要因が、PTSDエピジェノム機構の理解において重要であることを示唆しました。


今後の展望

本研究は横断的データに基づくため、因果関係の特定には限界があります。また、多くのコホートで外傷の詳細が記録されていないことが、DNAメチル化の動的変化の解明を妨げています。将来の研究では、縦断的デザインにより創傷後の長期的なDNAメチル化の変動を追跡し、より正確な理解を深める必要があります。