入院患者における肺塞栓症の初期抗凝固療法選択の要因
論文の出典と執筆者情報
本稿は、William B. Stubblefield(MD, MPH)、Ron Helderman(MD)、Natalie Stokes(DO, MPH, MS)、Colin F. Greineder(MD, PhD)、Geoffrey D. Barnes(MD, MSc)、David R. Vinson(MD)、Lauren M. Westafer(DO, MPH, MS)により共同執筆されました。著者は、Vanderbilt University Medical Center、University of Texas Southwestern Medical Center、University of Massachusetts Chan Medical School-Baystate、University of Michiganなど複数の機関に所属しています。この論文は2025年1月3日に《JAMA Network Open》誌に掲載され、DOIは10.1001/jamanetworkopen.2024.52877です。
研究背景と目的
肺血栓塞栓症(Pulmonary Embolism, PE) は深刻な医療緊急疾患であり、北米やヨーロッパでは年間10万人あたり約60〜120例の発症率が報告されています。多くの場合、患者は救急外来(ED)で肺血栓塞栓症と診断され、治療のため入院しています。治療の中心は抗凝固療法で、未分画ヘパリン(UFH)、低分子量ヘパリン(LMWH)、直接経口抗凝固薬(DOACs)が使用されています。
プロフェッショナル協会のガイドラインでは、急性肺血栓塞栓症(acute PE)患者に対しLMWHやDOACsを初期抗凝固療法として使用することを推奨しています。しかし近年、アメリカではUFHの使用率が増加しています。UFHはLMWHやDOACsよりも効果が高いわけではなく、薬物動態が複雑であるため、頻繁なラボモニタリングを必要とし、出血リスクも高いという課題があります。この理由から、本研究では急性肺血栓塞栓症患者のガイドライン準拠療法における障壁と促進要因を明らかにすることを目的としました。
研究の方法と実施手順
研究デザイン
本研究は、米国内科医と救急医を対象にした半構造化インタビューを用いた定性的研究です。研究チームはインタビューガイドを作成し、3名の救急医を対象にパイロットテストを行った上で、報告内容のフィードバックを元にガイドを更新しました。インタビューの枠組みは2つの科学実装フレームワークに基づいています:
- 実装研究統合フレームワーク(CFIR):障壁と促進要因を体系的に評価するために使用。
- 理論領域フレームワーク(TDF):個人レベルの行動変容にフォーカス。
研究は、定性的研究の報告基準であるCOREQチェックリストに準拠しており、倫理的承認を得ています。
研究対象とデータ収集
本研究は、抗凝固戦略(UFH優位、LMWH優位)の異なるパターンを持つ医師の意見を反映させるため、最大変動サンプリング戦略を採用しました。対象者には、救急医、病院内科医、および介入心臓病学や放射線学の専門医が含まれています。インタビューはZoomソフトウェアを使用して約30分間実施されました。参加者の年齢、性別、経歴、地域、勤務環境などの人口統計学的データも収集しました。
データ分析
インタビュー内容は原文のまま転記され、Dedooseソフトウェアを用いてコード化および分析されました。反射的テーマ分析法(Reflexive Thematic Analysis) に従い、帰納的・演繹的モードを交互に用いてテーマを抽出しました。研究チームの5名がそれぞれ独立して内容をレビューした上でテーマ化し、合意のもとで精査されたコードブックを作成しました。
主な研究結果
1. 抗凝固薬選択に対する無関心
多くの参加者はUFHまたはLMWHのどちらを選ぶかについて無関心であり、両者の有効性やリスクが同等だと考えていました。この無関心は、薬剤選択に影響を与えた主な要因として、医療機関の文化や学びの中で身に付けた慣性などが挙げられます。救急医や病院内科医もお互いに抗凝固薬の選択を委ねる傾向が見られました。
2. 治療における慣性(Therapeutic Momentum)
治療の惰性は、抗凝固療法が継続される過程で顕著でした。救急医は柔軟性を維持するためにUFHを選択する傾向がありましたが、病院内科医はすでにUFHで治療を開始された患者に対して、そのまま継続するケースが多いことが確認されました。その理由には利便性や治療のタイミングが含まれました。
3. 誤解と恐怖
一部の医師は、UFHは即効性があり強力であると誤解しており、また術後のアクションに柔軟性があると考えていました。しかし、多くのインタビュー終盤では、UFHにはむしろモニタリングの負担が大きいという認識へと変わる場面も見られました。また、LMWHがカテーテル治療の妨げになると誤解している医師もおり、これがUFH選択に影響を及ぼしていました。
結論と実装への提言
- 本研究は、急性肺血栓塞栓症の抗凝固療法選択における重要な障壁と促進要因を特定しました。
- 学び取られた慣行や制度的な文化が多くの決定に影響していることが判明しました。
- 教育だけでは治療選択を変えるのは難しいため、行動経済学的なアプローチを取り入れた新たな戦略が効果的です。
今後の取り組みとして、救急部門や病院全体での多職種チームの治療方針合意が鍵となるでしょう。
制限事項
本研究には以下の制限があります: - 対象サンプルは米国の医師に限定され、多様性が限られています。 - 社会的望ましさバイアスの可能性が排除できません。 - 定性的研究では主観的要素が含まれることが避けられませんが、研究チームのレビューと合意によって解釈の妥当性を高めています。
これらの制約にもかかわらず、本研究は急性肺血栓塞栓症患者の治療全体を通じた戦略設計に有意義な知見を提供しています。