PNPO-PLP軸 巨噬細胞におけるリソソーム活性の調整により長時間の低酸素状態を感知

酸素は地球上のすべての後生動物(metazoan organisms)に不可欠な物質であり、様々な生理的および病理的条件下での生物学的プロセスに影響を与えています。急性低酸素応答を誘導する酸素センシングシステム、低酸素誘導性因子(hypoxia-inducible factor, HIF)経路を含むものが同定されていますが、これらのシステムの慢性低酸素下での作用機序は未だ十分に解明されていません。本論文では、ビタミンB6の生物学的活性化剤であるピリドキサール5’-リン酸(pyridoxal 5’-phosphate, PLP)が、慢性低酸素条件下でマクロファージの溶胞活性を制御する機構について検討しています。

論文の概要

この論文は、複数の研究機関の科学者らによって共同執筆されたもので、主な著者には関根寛樹、武田春菜、武田徳彦、岸野明弘らがいます。この研究は「Nature Metabolism」誌に掲載され、2022年3月31日に受理、2024年4月18日に最終的に受理されました。

研究方法

この研究は、主に以下のステップで進められました。

  1. モデル構築と低酸素処理:

    • 全身性低酸素マウスモデル(ISAM、inherited super-anaemic mice)を確立し、慢性低酸素条件下で引き起こされる炎症反応を観察した。
    • 骨髄由来マクロファージ(BMDMs)を1%、5%、常酸素条件下で培養し、急性および慢性低酸素の影響を区別した。
  2. PLPレベルと溶胞酸性化の検出:

    • 代謝プロファイリングによって、異なる条件下での細胞内PLPレベルを測定した。
    • 蛍光プローブを用いて溶胞の酸性化状態を検出した。
  3. 遺伝子発現とタンパク質レベルの検出:

    • RNA-seqを用いて、異なる条件下のマクロファージの全転写産物変化を解析した。
    • ウェスタンブロッティングによって、主要なタンパク質の発現レベルを検出した。
  4. 機能検証と機構の探索:

    • 様々な阻害剤を用いて、溶胞機能と可溶性鉄イオン(Fe2+)の利用可能性との関係を探った。
    • ピリドキサールとPLPを補給することで、低酸素誘導性の炎症表現型を逆転させ、PLPの溶胞機能における重要な役割をさらに確認した。

研究結果

  1. 慢性低酸素は炎症を増悪させる:

    • 長期低酸素条件下では、ISAMマウスはデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導性の結腸炎により敏感になり、著しい体重減少と結腸組織損傷が観察された。
    • 慢性低酸素条件下のマクロファージは、より強い炎症促進型表現型(IL-6、IL-1βなどの炎症性遺伝子の高発現)を示した。
  2. PLPの減少と溶胞機能の抑制:

    • 代謝プロファイリングの結果、慢性低酸素条件下ではマクロファージ内のPLPレベルが顕著に低下していた。
    • 蛍光染色の検出から、慢性低酸素条件下で溶胞の酸性化機能が著しく抑制され、溶胞膜タンパク質(LAMP1)の発現が減少していた。
  3. PLPの生合成は酸素濃度に依存する:

    • ピリドキサール5’-リン酸オキシダーゼ(PNPO)は、ビタミンB6の生物学的活性化過程でキー酵素として機能する。
    • 慢性低酸素下では、PNPOの活性低下によりPLPが不足し、結果として溶胞機能が影響を受けた。
  4. 可溶性鉄イオン依存性の失調とTET2機能の消失:

    • 慢性低酸素による溶胞機能抑制は、細胞内の可溶性鉄イオン(Fe2+)の利用可能性を大幅に低下させた。
    • TET2は鉄依存性のジオキシゲナーゼであり、慢性低酸素条件下ではその活性が低下し、炎症の溶解過程を効果的に調節できなくなった。
  5. PLPの補給は炎症表現型を改善する:

    • ピリドキサールの補給によりPLPレベルが回復し、溶胞の酸性化機能が再び高まり、慢性低酸素誘導性の炎症促進型表現型が逆転した。
    • 過硫化物の合成はPLPによって調節されており、過硫化物の補給によりマクロファージの溶胞機能が効果的に改善された。

研究の結論と重要性

本研究は、PNPO-PLP経路が慢性低酸素下で重要な役割を果たすことを初めて明らかにした。これは従来のPHD-HIF酸素センシング機構とは異なり、PNPOがPLP依存性代謝を維持することで溶胞機能を調節し、ひいては炎症反応に影響を与えるというものである。この発見は、低酸素調節機構に関する理解を深め、PNPO-PLP経路が低酸素条件下での新たな酸素センシングシステムとなる可能性を示唆した。その重要な科学的価値は、慢性低酸素関連疾患の治療法の開発につながる新たな方向性と潜在的な介入ターゲットを提供したことにある。

研究の特徴

  • 新規性: PNPO が慢性低酸素下で PLP 依存性の溶胞機能を調節する酸素センサーであることを初めて提唱。
  • 応用価値: 臨床的な炎症治療に対する新たな潜在的ターゲットと介入方法を提示。
  • 包括性: 細胞内代謝変化、鉄イオン調節、溶胞機能など、多角的な検証によりPNPO-PLP経路の慢性低酸素下での重要な役割を実証。

本研究は、慢性低酸素関連疾患の理解と介入に対して、新たな視点と戦略を提供するものである。