ストレスによる好酸球の活性化が肺切除後の罹患率および死亡率に寄与する
研究背景
世界的高齢化に伴い、肺切除手術の数が顕著に増加しており、原発性肺がん切除、肺転移巣の除去、肺感染症や肺気腫の治療のための手術が含まれます。しかし、胸部手術後の全身性のストレス反応や、肺切除術後の回復を改善するための介入措置についてはほとんど知られていません。肺切除後の肺合併症の発生率は50%に達しており、そのうち多くの患者は術前に酸素療法を受けていなかったが、術後は長期間の酸素補給が必要となっています。これらの合併症は入院期間を延長し、回復を遅らせるだけでなく、重症化すると肺不全に至る可能性があります。
1942年に術後急性呼吸窮迫症候群が初めて報告されましたが、その原因はいまだに明確になっていません。一部の研究では、手術中の過剰な液体投与や過剰な換気が誘発要因である可能性が指摘されていますが、この理論には議論の余地があります。ステロイドの高用量投与が術後の予後を改善するという研究結果から、炎症がその中で重要な役割を果たしている可能性が示唆されています。
論文の出典
本論文の題名は「Stress-induced eosinophil activation contributes to postoperative morbidity and mortality after lung resection」で、2024年8月21日付けのScience Translational MedicineジャーナルにZhongcheng Mei、May A. Khalil、Yizhan Guoらによって発表されました。共著者は、メリーランド大学、ピッツバーグ大学、ワシントン大学、Mayo Clinicなどの機関に所属しています。
研究の詳細な手順
研究対象と実験プロセス:
本研究では、マウスの肺切除モデルと、肺手術または腹部手術を受けた患者の末梢血サンプルを用いて、肺手術誘発の炎症性の循環が引き起こす肺組織損傷、非心原性肺水腫、低酸素血症、死亡のメカニズムを探求しました。
マウス実験:
- マウスモデルを用いて、左肺切除と右肺切除を行い、術後の血液、右肺、脾臓のサンプルを採取しました。
- フローサイトメトリーを用いて血液と組織中の白血球、特に好酸球の変化を分析しました。
- 骨髓における好酸球の産生と成熟過程を評価しました。
患者サンプルの分析:
- 肺切除術または腹部手術を受けた患者の末梢血サンプルを収集しました。
- 術前と術後の異なる時点における末梢血の好酸球割合の変化を分析しました。
実験結果:
肺切除による好酸球の活性化と全身的な増加:
- マウスモデルでは、左肺切除後、血液、右肺、脾臓における好酸球の割合が顕著に増加しました。
- 同様に、肺切除を受けた患者では、血中の好酸球割合が顕著に増加しましたが、腹部手術を受けた患者ではそのような変化は見られませんでした。
肺切除による肺内好酸球の活性化と骨髓での好酸球の成熟過程の加速:
- マウスモデルでは、左肺切除後、右肺における好酸球がCD69やiNOSの発現増加など活性化の兆候を示しました。
- 骨髓内の成熟した好酸球数は増加しましたが、前駆細胞数に顕著な変化はなく、好酸球の成熟過程が加速したことが示唆されました。
好酸球の抑制による術後予後の改善:
- 右肺切除モデルにおいて、特異的に好酸球を枯渇させたマウスでは生存率が顕著に改善し、体重回復も早まりました。
- 同様に、抗CCR3抗体または抗Siglec-F抗体で処理したマウスでは、右肺切除術後の生存率が向上し、肺水腫と低酸素血症が改善しました。
IL-7が骨髓内での好酸球成熟に果たす重要な役割:
- 肺切除後、骨髓中のIL-7濃度が顕著に上昇しました。IL-7中和抗体またはIL-7受容体欠損マウスでは、好酸球の成熟過程が抑制されました。
- IL-7は主に肺切除後にγδT細胞によって産生され、γδT細胞の枯渇はIL-7発現を顕著に低下させ、好酸球の成熟と活性化を抑制しました。
ILC2のIL-7介在性好酸球活性化における役割:
- ILC2の枯渇は、好酸球の活性化と骨髓内での成熟過程を抑制しました。
- ILC2はGM-CSFを介してIL-7シグナルを伝達し、好酸球の活性化と肺損傷を促進しました。
結論と研究の意義:
本研究は、肺切除誘発のストレス反応がIL-7によるILC2の活性化を介して、GM-CSF依存性の好酸球の増殖と活性化を駆動し、最終的にiNOSの産生と肺組織損傷をもたらすことを示しました。
- 科学的価値: 本研究は、肺切除術後の新しい炎症経路を明らかにし、IL-7/ILC2/GM-CSF/好酸球軸がミトコンドリアストレスと肺損傷に果たす役割を解明しました。
- 応用価値: 好酸球活性化を標的とする既存のFDA承認薬剤の使用や、周術期におけるNOS阻害剤の投与により、高リスク患者の術後予後改善の新たな方策が期待できます。
研究の魅力ポイント
- 独創的な研究視点: 術後肺損傷の潜在的な炎症メカニズムを明らかにしました。
- 学際的な共同研究: 多くの共著者が異なる研究分野や機関から参加し、学際的な協力の重要性が示されました。
- トランスレーショナルリサーチの可能性: 研究結果は、既存の薬剤による術後合併症への介入を支持しており、臨床治療への新たな方向性を示しています。