ノボビオシンは主にNeisseria gonorrhoeaeのParEを標的とする
Novobiocin は Neisseria gonorrhoeae の ParE を主に標的とする
背景紹介
Neisseria gonorrhoeae(淋菌) は、淋病を引き起こすグラム陰性細菌であり、淋病は世界で最も一般的な性感染症の一つです。世界保健機関(WHO)のデータによると、2020年に15歳から49歳の年齢層で8230万件の新規淋病感染症例が報告されました。しかし、多剤耐性菌株の出現と拡散により、淋病の治療はますます困難になっています。現在、WHOはセフトリアキソン(ceftriaxone)とアジスロマイシン(azithromycin)の併用療法を推奨していますが、これらの薬剤に対して耐性を示す菌株が報告されています。そのため、新しい抗淋病薬の開発が急務となっています。
Novobiocin(ノボビオシン) は、アミノクマリン系抗生物質で、Streptomyces niveus から最初に分離され、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)による重篤な感染症の治療に使用されていました。Novobiocin の作用機序は、DNAジャイレース(DNA gyrase)の阻害による抗菌作用です。しかし、他の細菌とは異なり、Novobiocin の Neisseria gonorrhoeae における主要な標的は明確ではありませんでした。本研究は、Novobiocin の Neisseria gonorrhoeae における作用機序を明らかにし、新しい抗淋病薬のリード化合物としての可能性を探ることを目的としています。
論文の出典
本論文は、Yoshimasa Ishizaki、Chigusa Hayashi、Kazuaki Matoba、および Masayuki Igarashi によって共同執筆され、彼らはすべて日本の東京にある微生物化学研究所(Institute of Microbial Chemistry, Bikaken)に所属しています。論文は2024年11月22日に受理され、『The Journal of Antibiotics』誌に掲載されました。DOIは10.1038/s41429-024-00797-1です。
研究の流れと結果
1. 研究の流れ
a) 細菌培養と耐性株のスクリーニング
研究では、Neisseria gonorrhoeae DSM9188 株を対象とし、以下の2つの方法でNovobiocin耐性変異株をスクリーニングしました: - 連続継代培養法:細菌をNovobiocinのサブ抑制濃度(sub-MIC)を含む培地で18回連続継代培養し、最終的に耐性株を得ました。 - 単一コロニー分離法:細菌を16倍MICのNovobiocinを含む寒天プレートに接種し、耐性コロニーを選別しました。
b) 全ゲノムシーケンシングと変異解析
スクリーニングされた耐性株の全ゲノムシーケンシングを行った結果、すべての耐性株で parE 遺伝子に変異が確認され、gyrB 遺伝子には変異が見られませんでした。具体的な変異には Thr169Ile と Gly75Ser が含まれます。さらに、一部の耐性株では、薬剤排出ポンプに関連する mtrR 遺伝子にも変異が確認されました。
c) 遺伝子工学的手法による改変
変異がNovobiocin耐性に与える影響を検証するため、研究チームは以下の遺伝子改変株を構築しました: - parE 変異株:parE 遺伝子の Ile76 を Met に変異させました。 - gyrB 変異株:gyrB 遺伝子の Met82 を Ile に変異させました。 - 二重変異株:parE と gyrB の両方に変異を導入しました。
d) 最小発育阻止濃度(MIC)の測定
微量液体希釈法を用いて、Novobiocin の各変異株に対する MIC 値を測定しました。結果は以下の通りです: - parE 変異株:MIC 値が著しく上昇し、parE 変異がNovobiocin耐性を増強することが示されました。 - gyrB 変異株:MIC 値に有意な変化はなく、gyrB 変異がNovobiocin耐性に大きな影響を与えないことが示されました。 - 二重変異株:MIC 値は parE 単一変異株と野生型の中間に位置し、gyrB 変異がNovobiocin感受性を部分的に回復させることが示されました。
e) 分子モデリング解析
研究チームは、分子ドッキングソフトウェア GNINA を使用して、Novobiocin と parE および gyrB の結合親和性を解析しました。その結果、parE の Ile76 と gyrB の Met82 がNovobiocin感受性を決定する重要な部位であることが明らかになりました。分子モデリングを通じて、これらの部位がNovobiocin結合に与える影響をさらに検証しました。
2. 主な結果
- Novobiocin の主要な標的は parE:Escherichia coli や Staphylococcus aureus などの細菌とは異なり、Novobiocin の Neisseria gonorrhoeae における主要な標的は DNA トポイソメラーゼ IV の parE サブユニットであり、DNAジャイレースの gyrB サブユニットではありませんでした。
- parE と gyrB のアミノ酸多型:Neisseria gonorrhoeae の parE と gyrB には、Ile76 と Met82 という独特のアミノ酸多型が存在し、これらがNovobiocin感受性を決定しています。
- 二重標的阻害剤の可能性:研究結果から、parE と gyrB の両方を同時に阻害する二重標的Novobiocin誘導体を設計することで、より強力な抗淋病活性を持つ薬剤を開発し、耐性の発生を遅らせることができる可能性が示されました。
3. 結論と意義
本研究は、Novobiocin の Neisseria gonorrhoeae における独特な作用機序、すなわちその主要な標的が gyrB ではなく parE であることを明らかにしました。この発見は、新しい抗淋病薬の開発に重要な理論的基盤を提供します。parE と gyrB の両方を同時に阻害する二重標的阻害剤を設計することで、より効果的な抗淋病薬を開発し、耐性の発生を抑制することが期待されます。
4. 研究のハイライト
- Novobiocin 標的の再定義:本研究は、Novobiocin の Neisseria gonorrhoeae における主要な標的が parE であることを初めて明確にし、従来の認識に挑戦しました。
- 独特なアミノ酸多型:Neisseria gonorrhoeae の parE と gyrB には、Ile76 と Met82 という独特のアミノ酸多型が存在し、これらがNovobiocin感受性を決定しています。
- 二重標的阻害剤の可能性:研究結果は、二重標的阻害剤の開発に新たな視点を提供し、重要な応用価値を持っています。