シルクフィブロインハイドロゲルにおけるフェムト秒レーザー誘発屈折率の変化の実証

絹フィブロインヒドロゲルにおけるフェムト秒レーザー誘導屈折率変化研究:眼科用生体埋め込み材料の新たな可能性

高度に知能化と生物医学が急速に進化する今日、屈折矯正技術は世界中の眼科分野で注目される研究トピックとなっています。しかし、現在の矯正技術(例:角膜の機械的形状変更や商用設計の眼内レンズ材料の使用)は、精度の不足や使用材料の生体適合性の欠如といった問題に直面しています。このため、科学界では新しい非破壊的な矯正技術である「フェムト秒レーザー誘導屈折率変化(Laser Induced Refractive Index Change:LIRIC)」がますます注目されるようになりました。この背景のもと、University of Rochesterの研究チームはInstituto de Óptica “Daza de Valdés”と連携し、絹フィブロイン(ヒドロゲル:Silk-Fibroin Hydrogels)においてLIRIC技術を用いて局所的な屈折率変化を誘導する手法を探求し、新型眼科インプラント製造の可能性を模索するという革新的な研究を行いました。

この研究論文「Demonstration of Femtosecond Laser Induced Refractive Index Change in Silk-Fibroin Hydrogels」はQuazi Rushnan Islam、Rocio Gutierrez-Contreras、Susana Marcos、Wayne H. Knoxらによる共同研究で、2025年のBiomedical Optics Express(第16巻、第2号、657-668ページ)に掲載されました。本研究は、フェムト秒レーザー技術を用いて絹フィブロインヒドロゲル中で顕著な屈折率変化を実現しただけでなく、この現象がカスタム屈折矯正器や生体適合性角膜埋め込み材料の設計における潜在的価値を探討しています。


背景と研究目的

近視、遠視、乱視、老視(Presbyopia)といった視力障害は世界的な課題となっています。研究によれば、45歳以上の大多数が老視に悩まされており、未矯正屈折誤差は失明の主要な原因の一つとされています。このため、高効率で生体適合性が高い矯正技術の開発が喫緊の課題となっています。

LIRIC技術はフェムト秒レーザーを基盤とする革新的な手法であり、多光子吸収プロセスを通じ、材料の内部で非破壊的な局所屈折率変化を生成します。これまでも本技術は眼科用ヒドロゲル、コンタクトレンズ、眼内レンズ、角膜組織内で成功を収めてきました。しかし、使用材料の制約から、この技術が眼科生体埋め込みデバイスの開発に活かされる場面は依然として限定的です。一方で、絹フィブロインは、その高い光学的透明性や生体適合性、可塑性により、LIRICを応用する新しい材料プラットフォームと考えられています。

本研究の主目的は、絹フィブロイン材料中におけるLIRIC技術の可行性と効果を検証し、角膜埋め込みデバイスや生分解可能なコンタクトレンズへの応用可能性を探ることにあります。これは将来の屈折矯正技術における新しい科学的な基盤を提供する研究です。


研究手法

本研究は以下の手順で進められました: 材料の準備、フェムト秒レーザー加工実験、顕微観察と干渉計測、実験結果の記録と分析

1. 絹フィブロインヒドロゲルの準備

絹フィブロインは家蚕(Bombyx mori)の繭を標準化条件で採取し、西班牙のMurcia地方で調達しました。絹フィブロインの抽出は先行研究[15]を基にし、40分間の脱膠処理、60°Cでの乾燥、溶解、4時間の撹拌を経て、透析および遠心分離で不純物を除去し、最終的に6%-7%(w/v)の絹フィブロイン溶液を得ました。さらに、光学性能を高めるため、HEMA(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)やEGDMA(エチレングリコールジメタクリレート)と共重合させ、厚さ約100μmの絹フィブロインヒドロゲル膜を製造しました。

2. フェムト秒レーザー加工実験

実験には2種類のカスタマイズされたフェムト秒レーザー加工装置が使用されました:

  1. 400 nm, 80 MHz システム
    チタンサファイアレーザーで二倍周波数変換された400 nmレーザーを使用し、走査速度は5-25 mm/s、パワー範囲は39 mWでした。

  2. 517 nm, 8.3 MHz システム
    イッテルビウムファイバーレーザーで周波数二倍された517 nmレーザーを使用し、走査速度は20-200 mm/s、最大パワーは980 mWでした。

各装置を使用して異なる条件の「位相バー(Phase Bars)」を書き込み、水分を帯びた状態(湿潤状態)や乾燥状態のヒドロゲルで評価しました。

3. 顕微観察と干渉計測

明視野顕微鏡(Bright Field Microscopy)やMach-Zehnder干渉計を用いて、書き込み領域の形態と位相変化を記録・分析しました。この干渉計では「ウェッジ実験(Wedge Test)」が実施され、位相変化の正負を特定することが可能でした。これは屈折率変化の性質を特定するための重要な手法です。


実験結果と分析

1. 負の屈折率変化の確認

400 nmおよび517 nmシステムいずれにおいても、書き込まれた位相バーが負の位相変化を示すことが観察されました。これは商用水性ヒドロゲル材料で行われた過去のLIRIC実験結果とも一致しており、この変化は書き込み領域の局所的な水分含有量の増加に起因している可能性があります。

2. 各システムの性能差異と最適化の可能性

  • 400 nm システム
    乾燥した絹フィブロインにおいて、全波長相当の位相変化を39 mWという低出力で達成。一方、湿潤サンプルでは測定可能な位相変化は生じませんでした。
  • 517 nm システム
    湿潤サンプルで0.25波から0.6波までの位相変化範囲を実現。ただし、数百mWレベルの高出力が必要でした。

この結果は、乾燥条件では400 nmシステムの効率が高いことを示唆していますが、湿潤状態(特に角膜埋め込みデバイスとしての想定条件下)では517 nmシステムがより適しています。

3. 可行性と材料の安定性

517 nmレーザーを使用した実験では、121°Cで高圧滅菌を行った後も書き込み領域の位相変化が安定して保持されることが確認されました。この特性は、実際の医療機器製造での応用を技術的に裏付けるものです。


研究結論と意義

今回の研究は、絹フィブロインヒドロゲル中でフェムト秒レーザーによる局所的な屈折率変化を誘導することに初めて挑戦したもので、以下の重要な知見が得られました:

  1. 絹フィブロインは、優れた光学・生体適合特性を持つ新しいインプラント材料として有望であること
  2. フェムト秒レーザー技術は、リアルタイムでの個別調整が可能な屈折矯正手法へと発展可能であること
  3. 環境問題解決(例:使用済みコンタクトレンズ由来のマイクロプラスチック汚染)を目指し、分解可能材料の代替策が提供されること

研究のハイライトと特徴

  1. 技術的イノベーション:LIRIC技術を絹フィブロイン材料と組み合わせることで、フェムト秒レーザー加工を用いた非破壊的な光学補正デバイス製作の新たな手法が示されました。
  2. 広範な応用可能性:この研究の絹フィブロイン製角膜埋め込みデバイスは、老眼や乱視などの屈折誤差の革新的な解決策を提供し、同時に環境対応型材料としての可能性も秘めています。
  3. 結果の高信頼性:測定された位相変化の安定性が様々な環境条件下で確認され、将来の商業化や外科医療応用における基盤が築かれました。

総括

本研究を通じて、フェムト秒レーザー技術の応用範囲が生体適合材料へと広がり、眼科医療および持続可能な材料開発に新たな活力を注入しました。今後の研究では、書き込み条件の最適化、高効率なレーザーシステムの開発、さらには屈折率変化のメカニズム解明が鍵となるでしょう。この技術は屈折矯正分野において重要であるのみならず、薬物送達用導波路や組織工学といった多岐にわたる生物医学アプリケーションにも重要な影響を与える可能性があります。