ミトコンドリア病における最適化された栄養と筋肉疲労、筋力、および生活の質の改善の相関関係

原発性ミトコンドリア疾患患者における栄養介入の最適化が筋肉疲労、筋力、生活の質の改善に与える効果に関する研究報告

背景

原発性ミトコンドリア疾患(Primary Mitochondrial Disease, PMD)は、ミトコンドリアDNAまたは核DNAの変異により引き起こされる疾患群で、エネルギー代謝に深く関与する複数の身体システムに影響を与えます。発症率は約1/4300とされ、代表的な症状として筋力低下、疲労、運動耐性の低下、消化器症状、バランス障害などが挙げられます。しかし、現時点ではアメリカ食品医薬品局(FDA)により承認されたPMD特有の治療法は存在しません。

ミトコンドリアは細胞エネルギーの主要供給源であり、酸化的リン酸化(OXPHOS)を通じてアデノシン三リン酸(ATP)を生成します。このプロセスは、栄養素(炭水化物、タンパク質、脂肪)の供給と代謝状態に依存します。これまでの研究により、抗酸化作用やミトコンドリア電子伝達系の機能改善を通じて栄養介入がPMD症状を軽減する可能性が示唆されていますが、その具体的な効果やメカニズムについての研究は限られています。また、PMD患者に多く見られる嚥下障害、消化管運動障害、食欲不振などは栄養摂取不足をさらに悪化させる要因となっています。そのため、PMD患者の栄養状態を明確にし、それが筋肉機能や生活の質に与える影響を評価することは、臨床管理戦略を最適化する上で非常に重要です。

研究概要

本研究はフィラデルフィア小児病院(Children’s Hospital of Philadelphia, CHOP)のミトコンドリア医学フロンティアプログラム(Mitochondrial Medicine Frontier Program)によって実施され、2023年に「Neurotherapeutics」誌に発表されました。本研究は単施設前向き観察研究であり、成人(≥19歳、n=22)および小児(<19歳、n=38)のPMD患者の栄養摂取状況を調査し、栄養摂取と筋肉機能および生活の質との関連を評価することを目的としています。

完全に経管栄養に依存している患者は除外され、世界保健機関(WHO)の式と新たに開発されたミトコンドリア疾患活動因子(Mitochondrial Disease Activity Factors, Motivator)を用いて日々のエネルギー需要を推定し、食事インタビューと3日間の食事記録によって栄養摂取データを収集しました。

研究方法とフロー

1. 研究設計

研究対象は遺伝学的に確定診断を受けたPMD患者60名であり、成人22名、小児38名を含みます。すべての患者は、日々のエネルギー需要、主要栄養素(炭水化物、タンパク質、脂肪)の摂取量、体液摂取量、成長パラメータ(身長、体重、BMI)を含む栄養評価を受けました。また、筋肉機能の客観的測定(ハンドヘルドダイナモメトリー、6分間歩行試験など)および生活の質に関するアンケート(PedsQL、Pedi-CATなど)を使用して、栄養状態の影響を評価しました。

2. データ分析

PearsonまたはSpearmanの相関分析を用いて、栄養摂取と筋肉機能、生活の質などの指標との関係を比較しました。Zanthro関数を使用して小児のZスコアを計算し、And/ASPENおよびGLIM基準に基づいて栄養不良を評価しました。

主な結果

1. 栄養摂取不足の広がり

  • 成人患者の1日平均エネルギー摂取量は1143±104.1 kcalで、予測需要の76.2%に相当。小児では1114±62.3 kcalで、需要の86.4%でした。
  • 全体の患者のうち、29名(48.3%)が需要の75%未満のエネルギー摂取量で、その中には成人の50%(n=11/22)、小児の47.4%(n=18/38)が含まれました。

2. 主要栄養素摂取の分布

  • 成人患者では、炭水化物が総エネルギーの42.1%、タンパク質が14.5%、脂肪が20.5%を占め、いずれも推奨範囲を下回っていました。
  • 小児患者では、炭水化物が44.1%、タンパク質が14.3%、脂肪が29.0%で、こちらも推奨基準を満たしていませんでした。

3. 栄養摂取と筋肉機能の関連

  • タンパク質および脂肪摂取量は筋肉疲労と有意に負の相関を示し(タンパク質r=-0.61、脂肪r=-0.75)、摂取量の増加が筋肉疲労を軽減しました。
  • 日々のエネルギー摂取量が不足している患者では、タンパク質と脂肪の摂取が股関節屈筋および足関節背屈筋の筋力を顕著に向上させました。
  • タンパク質摂取量は生活の質(PedsQLスコア)とも正の相関を示し、特に身体機能および心理社会的機能の向上に関連しました。

4. 栄養不良の診断

  • ASPEN基準に基づき、16名(26.7%)が栄養不良と診断されました。その内訳は成人が2名、小児が14名です。
  • 小児患者では、36.8%が栄養不良基準を満たし、そのうち7名が中等度、6名が重度の栄養不良でした。

5. その他の発見

  • 胃腸症状は普遍的に見られ(78.3%)、特に嚥下障害(46.7%)や便秘(43.3%)が栄養摂取に大きく影響していました。
  • 1日平均の体液摂取量も推奨値を下回り、成人で76.1%、小児で77.3%でした。

研究の結論と意義

1. 研究の結論

本研究は、PMD患者における日々のエネルギーおよび主要栄養素摂取状況を体系的に明らかにし、それが筋肉機能や生活の質に与える影響を示しました。研究結果は、PMD患者が一般的にエネルギー摂取不足、脂肪摂取量の顕著な低下、栄養不良に陥っていることを明確にしました。また、タンパク質と脂肪の摂取量増加が筋肉機能と生活の質を顕著に改善することが示されました。

2. 臨床的意義

  • PMD患者における個別化された栄養介入の必要性を強調します。特に、タンパク質と脂肪の摂取を増やすことが重要です。
  • 「Motivator」に基づくミトコンドリア疾患活動因子スコアの開発は、個別化されたエネルギー需要の推定に科学的基盤を提供します。
  • 今後のランダム化比較試験により、栄養支援の最適化がPMD患者の予後改善にどのように寄与するかをさらに検証できます。

3. 研究の特徴

  • PMD患者の特定のニーズに対応する栄養介入モデルを提案しました。
  • 食事摂取とミトコンドリア疾患の代表的症状(例:筋肉疲労)を体系的に関連付けました。
  • ミトコンドリア疾患患者の栄養管理に関する新しい視点を提供しました。

結論

最適化された栄養支援は、PMD治療において重要な可能性を秘めています。本研究は、正確な栄養介入戦略を策定するための重要なデータと理論的基盤を提供するとともに、将来の臨床試験の基礎を築きました。