非発光性イリジウム(III)溶媒錯体を自己報告型光増感剤として用いた光治療効果の「信号オン」モードでのモニタリング
イリジウム(III)溶媒錯体を自己報告型光増感剤として光治療効果のモニタリングに利用
学術的背景
がんは世界における死亡率の主要な原因の一つであり、患者の生活の質に深刻な影響を与えています。近年、光線力学療法(Photodynamic Therapy, PDT)は、非侵襲性、高い特異性、制御性、および高い時空間精度を持つことから、がん治療において注目を集めている技術です。PDTは、光増感剤(Photosensitizers, PSs)を使用して光照射下で高細胞毒性を持つ活性酸素種(Reactive Oxygen Species, ROS)を生成し、がん細胞の死を誘導します。しかし、従来の光増感剤は通常「常時オン」の蛍光信号を持つため、PDTプロセス中に治療効果をリアルタイムでモニタリングすることが困難でした。そのため、良好な光線力学治療効果と自己報告機能を備えた新しい光増感剤の開発が現在の研究の焦点となっています。
本研究はこの問題を解決することを目的として、2種類の非発光型イリジウム(III)溶媒錯体を設計・合成し、PDTにおけるその応用可能性を探り、光治療効果のリアルタイムモニタリングを実現しました。
論文の出典
本論文は、Manping Qian、Ke Wang、Peng Yang、Yu Liu、Meng Li、Chengxiao Zhang、およびHonglan Qiによって共同執筆され、著者らは陝西師範大学化学化工学院生命分析化学重点実験室に所属しています。論文は2024年8月1日にChemical & Biomedical Imaging誌に掲載され、タイトルは《Nonemissive Iridium(III) Solvent Complex as a Self-Reporting Photosensitizer for Monitoring Phototherapeutic Efficacy in a “Signal On” Mode》です。
研究のプロセスと結果
1. 光増感剤の設計と合成
研究チームは、2種類の非発光型イリジウム(III)溶媒錯体、[(dfppy)2Ir(dmso)]Cl(Ir-DMSO)および[(dfppy)2Ir(acn)]Cl(Ir-ACN)を設計・合成しました。ここで、dfppyは2,4-ジフルオロフェニルピリジン、dmsoはジメチルスルホキシド、acnはアセトニトリルを指します。これらの錯体は、2段階の反応を経て合成され、まずクロロ橋接イリジウム(III)二量体[(dfppy)2Ir(μ-Cl)]2(Ir1)を合成し、その後dmsoまたはacnと反応させて目標生成物を得ました。
2. 光物理的および生物学的性質の研究
研究チームは、Ir-DMSOとIr-ACNの光物理的性質を詳細に研究しました。その結果、これらの錯体は230-340 nmの範囲で強い吸収帯を持ち、340-470 nmの範囲で弱い吸収帯を持つことが明らかになりました。それらのモル吸光係数はそれぞれ6.84×10^4 M^-1 cm^-1(Ir-DMSO)および5.53×10^4 M^-1 cm^-1(Ir-ACN)であり、多くの既報の光増感剤を上回りました。さらに、これらの錯体の光ルミネッセンス(PL)発光は弱く、量子収率は0.01%未満でした。
細胞毒性実験では、Ir-DMSOとIr-ACNの暗所条件下でのIC50値はそれぞれ118.8 μMおよび81.3 μMであり、光照射条件下(20 mW/cm^2、10分間)ではそれぞれ7.7 μMおよび6.4 μMでした。Ir-DMSOは暗所毒性が低いため、研究チームはこれをさらなるPDT研究の光増感剤として選択しました。
3. 自己報告機能の研究
Ir-DMSOは光照射下でがん細胞を殺すだけでなく、PL発光の増強を通じて細胞死を自己指示することができます。研究チームは共局在化実験により、Ir-DMSOが主に小胞体とミトコンドリアに蓄積することを発見しました。光照射下では、Ir-DMSOはROSを生成し、ヒスチジン(His)またはヒスチジン含有タンパク質との特異的な配位反応を介して、光治療効果をリアルタイムでモニタリングすることができます。
4. 免疫原性細胞死の研究
研究チームは、Ir-DMSO誘導PDTプロセス中の細胞死の様式をさらに研究し、免疫原性細胞死(Immunogenic Cell Death, ICD)を誘発できることを発見しました。ICDの特徴的な兆候には、ROSの生成、表面露出カルレティキュリン(Calreticulin, CRT)の上方制御、高移動度群ボックス1(HMGB1)、およびアデノシン三リン酸(ATP)の分泌が含まれます。これらの結果は、Ir-DMSOが光線力学治療効果を持つだけでなく、ICDを介して免疫反応を活性化できることを示しています。
5. 自己フィードバック機構の検証
実験を通じて、研究チームはIr-DMSOの自己フィードバック機構を検証しました。光照射下では、Ir-DMSOのPL信号の増強が細胞死プロセスと同期しており、光治療効果をリアルタイムでモニタリングできることが示されました。さらに、Ir-DMSOのPL信号の増強は、主に細胞内のヒスチジンまたはヒスチジン含有タンパク質との相互作用に起因することが明らかになりました。
結論と意義
本研究では、2種類の非発光型イリジウム(III)溶媒錯体を設計・合成し、そのうちIr-DMSOが優れた光線力学治療効果と自己報告機能を示すことが明らかになりました。光照射により、Ir-DMSOはROSを生成して細胞死を誘導するだけでなく、PL信号の増強を通じて治療効果をリアルタイムでモニタリングすることができます。さらに、Ir-DMSO誘導の免疫原性細胞死メカニズムが明らかになり、PDTの精密治療に新しい戦略を提供しました。
研究のハイライト
- 新しい光増感剤の設計:有機溶媒を補助配位子として導入し、自己報告機能を持つイリジウム(III)溶媒錯体を合成しました。
- 光治療効果のリアルタイムモニタリング:Ir-DMSOは光照射下でPL信号の増強を通じて細胞死プロセスをリアルタイムでモニタリングでき、追加の信号プローブを必要としません。
- 免疫原性細胞死:Ir-DMSO誘導のICDメカニズムが明らかになり、PDTの免疫治療に新しい視点を提供しました。
今後の展望
Ir-DMSOはPDTにおいて良好な応用可能性を示していますが、その強力な青色光吸収は深部組織での応用を制限しています。今後の研究では、イリジウム(III)錯体に基づく近赤外自己報告型光増感剤の開発に焦点を当て、PDTの臨床応用価値をさらに高めることを目指します。
この研究は、光線力学療法の精密治療に新しい視点を提供し、自己報告型光増感剤ががん治療において大きな可能性を秘めていることを示しています。光治療効果をリアルタイムでモニタリングすることで、研究者は治療プロセスをより良く制御し、過剰治療や治療遅延のリスクを軽減することができます。