新生血管性眼疾患におけるREF-1の過剰発現と新規化合物によるその抑制

新生血管性眼疾におけるREF-1の過剰発現と新規阻害剤による標的治療

学術的背景

新生血管性加齢黄斑変性(neovascular age-related macular degeneration, nAMD)は、60歳以上の高齢者に多く見られる失明の主な原因の一つであり、網膜下新生血管の形成が特徴です。これにより、網膜の出血、滲出、視力低下が引き起こされます。現在、抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬はnAMDの主要な治療法として使用されていますが、一部の患者では治療効果が限定的であり、長期使用による耐性や副作用の問題が課題となっています。このため、新しい治療標的と薬剤の探索が重要な研究課題となっています。

還元-酸化因子1(reduction-oxidation factor-1, REF-1)は、無プリン/無ピリミジンエンドヌクレアーゼ1(apurinic/apyrimidinic endonuclease 1, APE1)としても知られています。このタンパク質は二重の機能を持ち、DNA修復に関与するだけでなく、酸化還元活性を介してNF-κB、HIF-1α、STAT-3などの多くの転写因子を調節します。その結果、炎症、血管新生、細胞生存などのプロセスに影響を及ぼします。REF-1の役割はがんや炎症性疾患において広く研究されていますが、眼疾患におけるその役割は未解明な点が多いです。本研究では、nAMDにおけるREF-1の役割を探り、新規REF-1阻害剤APX2009の治療可能性を検証しました。

論文情報

本論文は、複数の研究機関のチームによる共同研究の成果であり、代表的な著者としてAnbukkarasi Muniyandi、Gabriella D. Hartman、Kamakshi Sishtlaなどが挙げられます。研究チームは、アメリカのインディアナ大学医学部、アラバマ大学バーミンガム校、トロント大学などに所属しています。本論文は2025年に《Angiogenesis》誌に発表され、タイトルは「REF-1 is overexpressed in neovascular eye disease and targetable with a novel inhibitor」です。

研究手順と結果

1. nAMDにおけるREF-1の発現

まず、免疫組織化学技術を用いて、nAMD患者と健康な対照者の網膜および脈絡膜におけるREF-1の発現を検出しました。その結果、nAMD患者の網膜色素上皮(RPE)と網膜各層(内顆粒層、外顆粒層など)におけるREF-1の発現が健康な対照者と比較して有意に高いことが示されました。さらに、REF-1はRPE細胞、光受容体細胞、Müllerグリア細胞などの複数の細胞タイプのマーカーと共定位しており、REF-1がnAMDのさまざまな病理メカニズムに関与している可能性が示唆されました。

2. マウスモデルにおけるREF-1の発現

REF-1が新生血管性眼疾患において果たす役割をさらに調べるため、研究チームは2種類のマウスモデルを使用しました。一つはレーザー誘導脈絡膜新生血管(laser-induced choroidal neovascularization, L-CNV)モデル、もう一つはVldlr-/-マウスの自然発生性網膜下新生血管(subretinal neovascularization, SRN)モデルです。L-CNVモデルでは、新生血管病変およびその周辺領域でREF-1が顕著に過剰発現しており、血管マーカーGS-IB4とも共定位していました。一方、Vldlr-/-マウスでは、SRN病変においてREF-1の発現が有意に増加しており、さらに低酸素マーカーHypoxyprobeとも共定位していました。これにより、REF-1が低酸素に駆動される血管新生で重要な役割を果たすことが示唆されました。

3. APX2009とREF-1の相互作用

研究チームは核磁気共鳴(NMR)および分子ドッキング技術を用いて、APX2009がREF-1とどのように相互作用するかを調べました。NMRの結果、APX2009はREF-1の複数の残基(Asp70、Gln137、Ser164など)に化学シフト摂動を引き起こし、REF-1の酸化還元活性部位と直接結合することが示されました。分子ドッキング分析では、APX2009がREF-1表面での結合様式を明らかにし、REF-1阻害剤としての可能性を支持する発見が得られました。

4. APX2009の抗血管新生作用

In vitro実験では、APX2009は複数の内皮細胞(ヒト脈絡膜内皮細胞、脳微小血管内皮細胞、ヒト臍帯静脈内皮細胞)の増殖、移動、管形成を顕著に抑制しました。また、APX2009は細胞周期のG1/S期移行を阻害することで、内皮細胞の増殖を抑えることが示されました。これらの結果から、APX2009はREF-1の酸化還元活性を阻害することで、血管新生の主要なプロセスを阻止することが分かりました。

5. APX2009のIn vivo効果

L-CNVモデルのマウスにおいて、硝子体内に注射されたAPX2009は、新生血管病変の体積および蛍光漏出を大幅に減少させ、その効果は抗VEGF薬と同等でした。さらに、Vldlr-/-マウスのSRNモデルでは、腹腔内注射されたAPX2009が新生血管病変の数と面積を著しく減少させ、また低酸素誘導性カルボニックアンヒドラーゼ9(CA9)の発現を低下させることが示されました。これらの結果は、APX2009が新生血管の形成を抑える潜在能力をさらに支持するものでした。

6. APX2009の安全性

研究では、ヒト誘導多能性幹細胞由来網膜神経節細胞(hPSC-RGCs)を用いて、APX2009の毒性も評価しました。結果として、1 µMまでの濃度ではhPSC-RGCsに毒性が観察されず、治療量において良好な安全性が示されました。

結論と意義

本研究は初めて、REF-1がnAMDおよび新生血管性眼疾患において過剰発現し、血管新生や炎症において重要な役割を果たしていることを体系的に明らかにしました。研究チームはNMRおよび分子ドッキング技術によって、REF-1阻害剤としてのAPX2009の潜在力を実証し、In vitroおよびIn vivoの実験でその抗血管新生効果を確認しました。APX2009は新生血管の形成を効果的に抑制するだけでなく、良好な安全性を有しており、nAMDの治療に新たなアプローチを提供します。

研究のハイライト

  1. REF-1の過剰発現:ヒトnAMDおよびマウスモデルにおいて、REF-1が網膜および脈絡膜で過剰発現し、血管新生や炎症において重要な役割を果たすことを初めて明らかにしました。
  2. APX2009の革新的な作用機序:NMRおよび分子ドッキング技術を用いて、APX2009とREF-1の結合様式を解明し、REF-1阻害剤としての構造的基盤を提供しました。
  3. APX2009の多面的な抗血管新生作用:APX2009は内皮細胞の増殖、移動を抑えるだけでなく、細胞周期のG1/S期移行を阻害することで血管新生を阻止しました。
  4. In vivoでの効果と安全性:マウスモデルにおいて、APX2009は新生血管病変を著しく減少させ、神経細胞への毒性がないことから、新たな治療薬としての可能性を示しました。

その他の重要な情報

本研究の成果は、nAMD治療における新たな標的および薬剤の可能性を示すだけでなく、REF-1に関連するがんや炎症性疾患など他の病態の研究にも有用な視点を提供します。将来的には、APX2009の臨床転換研究が進むことで、眼科領域および他分野での応用が期待されます。