外傷性脳損傷後の腸内細菌叢の早期枯渇がオリゴデンドロサイトの反応を形成する
脳外傷後の腸内細菌群が白質修復に及ぼす影響に関する研究——『Journal of Neuroinflammation』分析
はじめに
毎年、アメリカでは約170万人が外傷性脳損傷(Traumatic Brain Injury, TBI)を経験し、500万人以上がTBIに関連する障害に直面しています。これらの非致命的なTBIは毎年、アメリカにおいて約400億ドルの総健康コストを占めています。外傷性白質損傷(White Matter Injury, WMI)はTBIの生存者の長期的な認知機能障害の主要な原因と考えられています。研究によると、中枢神経系(Central Nervous System, CNS)における髄鞘の再生は主に少突膠細胞系列細胞(Oligodendrocyte Lineage Cells, OLCs)の新生に依存していますが、TBI後の成熟した少突膠細胞は再髄鞘形成に貢献することが困難です。
近年、腸内細菌群(Gut Microbiota)が神経発生、髄鞘形成及びその機能や行動結果に与える影響が広く注目を集めており、この複雑な相互作用は腸脳軸(Gut-Brain Axis)と呼ばれています。既存の研究で、TBI後の腸内細菌群の変化が腸内の炎症反応、周辺侵入免疫細胞の調節に影響を及ぼしていることが示されています。これらの要因はTBI後の回復に重要な影響を与える可能性がありますが、その具体的メカニズムはまだ完全に解明されていません。そこで、本研究では仮説を提出します:腸内細菌群は外傷性白質損傷に対する少突膠細胞の反応を調節し、T細胞の分化と活性化に影響を与える鍵となる役割を果たしています。
研究の出典
本研究はKirill Shumilov、Allen Ni、Maria Garcia-Bonilla、Marta Celorrio、Stuart H. Friessなどが執筆し、バージニア連邦大学とワシントン大学セントルイス医科大学などの研究機関から来ています。論文は2024年の『Journal of Neuroinflammation』に掲載されました。
研究方法
実験の流れ
研究ではC57BL/6JマウスとTCRβ−/−TCRδ−/−マウスを使用し、後者はαβおよびγδT細胞受容体を欠損しています。まずマウスに対して制御性皮質衝撃(Controlled Cortical Impact, CCI)を行い、その後、飲み水に広域抗生物質(バンコマイシン、ネオマイシン硫酸塩、アンプシリン、メトロニダゾールを含む、略称VNAM)を添加して腸内細菌を除去します。更に微生物群の影響を検証するために、糞便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation, FMT)の実験も行いました。処理後の糞便を採取し、無菌のマウス体内に移植した後、CCIを行います。免疫組織化学とブラックゴールドII染色(Black Gold II Staining)を用いて白質修復の状況を評価します。
実験の詳細
動物モデルと試薬
- 実験に使用したマウスは8週齢のC57BL/6JマウスとTCRβ−/−TCRδ−/−マウスです。
- 抗生物質処理水の調製:500ミリリットルの滅菌濾過水に、バンコマイシン250ミリグラム、ネオマイシン硫酸塩500ミリグラム、アンプシリン500ミリグラム、メトロニダゾール500ミリグラム、および10グラムのグレープフレーバーKool-Aidを添加します。
実験プロセス
- 制御性皮質衝撃(CCI):麻酔を施した状態で電子衝撃器を使用してマウスの脳に衝撃を与え、その後抗生物質処理を行います。
- 糞便微生物移植(FMT):VNAM処理後の糞便をリン酸塩緩衝液(PBS)に懸濁し、無菌マウス体内に移植します。
- CD3モノクローナル抗体の注射:腹腔内への注射でT細胞の表現を阻害し、マウス向けのCD3ε抗体を注射します。
- 組織の処理と免疫組織化学:凍結切片や蛍光マーキングを用いて、少突膠細胞の増殖と髄鞘の修復状況を観察します。
- フローサイトメトリーおよび細胞共培養:脾臓からT細胞を分離し、少突膠細胞と共培養して、細胞間の相互作用を分析します。
主な研究結果
腸内細菌群の枯渇が白質修復に長期的に及ぼす影響
研究では、TBI後の3ヶ月にわたり、早期の腸内細菌群の枯渇が再髄鞘形成の顕著な減少をもたらすことが明らかになりました。これは、損傷周囲の脳梁の髄鞘化領域の比率が顕著に低下していることから示されます。
少突膠細胞の増殖と髄鞘断片の蓄積
TBI後の1週間で、腸内細菌群の枯渇は少突膠細胞の増殖を著しく抑制し髄鞘断片の蓄積を増加させました。これは腸内細菌群が少突膠細胞の増殖にキーとなる調整作用を持っていることを示唆しています。
免疫系におけるT細胞の役割
薬理学的手法と遺伝子ノックアウト法を用いてT細胞を除去した後、腸内細菌群が枯渇していても、少突膠細胞の増殖と髄鞘化が正常に回復しました。これはT細胞が腸内細菌群が腸-脳軸を介して白質修復に影響を及ぼす過程で重要な役割を果たしていることを示しています。
細胞共培養実験
体外共培養システムにおいて、腸内細菌群枯渇後のマウスのT細胞と共に少突膠細胞を培養した結果、少突膠細胞の増殖が顕著に抑制され、この抑制作用は直接的な細胞接触を必要とすることがわかりました。更に、髄鞘形成調節因子の発現変動は、少突膠細胞が免疫調節機能を持つ可能性を示しています。
研究の結論
本研究は、腸内細菌群がT細胞の分化と活性化を調節することにより、TBI後の白質修復に影響を与えることを確認しました。少突膠細胞は神経炎症と退行性環境において受動的な役割だけではなく、積極的に免疫反応を調節することができることがわかりました。さらに、腸内細菌群がTBI後にT細胞を介して間接的に少突膠細胞の増殖と髄鞘形成を調節することも明らかになりました。これは、将来腸内細菌群関連の白質修復治療の開発に新たなアプローチを提供します。
研究のハイライト
- 腸内細菌群が脳外傷修復において重要な調節機能を果たすことを明らかにしました。
- 少突膠細胞が神経炎症における主動的な調節機能を担っていることを提案し、少突膠細胞の機能に関する理解を拡張しました。
- 細胞共培養実験を通じてT細胞と少突膠細胞の相互作用メカニズムをさらに解析しました。
研究の意義
本研究は多方面と多層次の実験デザインを通じて、腸内細菌群、T細胞、少突膠細胞間の複雑な相互作用を深く明らかにしました。これは外傷性脳損傷後の治療への新たな研究方向を提供するだけでなく、腸-脳軸が他の神経系疾患において果たす役割を理解する基盤を築くものです。
今後の展望
将来の研究では、細菌代謝産物がT細胞および少突膠細胞の機能を調節する具体的な機構についてさらに探求すべきです。また、長期間にわたる多次元の実験データとより多くの臨床実践の検証を行うことで、この発見を現実の治療戦略に転換するのに役立ちます。異なる性別や年齢のマウスモデル、また実際の臨床に近い外傷モデルに関する研究も、研究の適用性と精度を向上させるのに寄与するでしょう。